あぁ やっちまったなぁ

そんなこと思いながら目を開けた。



朝からわたしは不機嫌だった。理由は昨日の夜に飲みすぎたから。・・・だけじゃない。

元彼と別れたのはどれくらい前のことだっただろうか。もう思い出せない。そうとう前なんだろう。だからいけなかったのか。だから酒におぼれてしまったのか。

頭が痛い。二日酔いだから。・・・それだけじゃない。


「・・・つきしま くん」


昨日の夜の月島くんの横顔を思い出した。思い出しては自己嫌悪。背がスラリと高い彼はお酒が弱いから、いつも飲まないんだ。
付き合いで行った合コンにいた月島くんと二人でご飯食べたり遊んだりすることはたまにあるくらいで、それ以上でもそれ以下でもない関係だった。顔見知り、よりはもう少し親しいかもしれない。月島くんはたくさん喋ることはなく、いつもだいたいわたしがべらべらと喋っている。月島くんは相槌を打ったり、わたしの話に突っ込みを入れたり、たまに話してもくれた。そんな関係が心地よくて、月島くんのことを気になりだしてしまったのだ。

でも、元彼と別れてからずいぶんと月日が流れているわたしは、いまいち恋愛というものがわからなくて、このもやもやをどうしたらいいかわからないでいた。恋をしなくなったら、人を好きになることが怖くなった。いや違う、人を好きになって、ふられてしまうのが怖くなったんだ。

月島くんはいつも紳士で、わたしを必ず家まで送り届けてくれる。優しい人。意地悪なこと言われるし、意地悪なこともされるけど、根っこは優しい人なんだ。だから、この優しさがわたしだけのものじゃないって分かっていても、どうも、ねぇ。好意があるように思えてしまって、うぬぼれそうになっちゃうんだ。


今日が土曜日で良かった。

メイクしたまま眠った自分の顔を見て、また大きくため息をついた。いつもより丁寧にメイクを落として、いつもよりも時間をかけてケアをした。

ぐるぐる頭の中で昨日のことが回る。


「なんでしちゃったんだろう きす」


ため息といっしょに、呟いた。


昨日の夜、久々にべろべろに酔っ払ってしまったわたしは、送り届けてくれた月島くんに、キスをしてしまったのだ。帰り際無性に寂しくなって馬鹿なわたしは「キスしてもいい?」なんて聞いて、何か言われる前に キスをした。もう良く覚えてない。自分のことしか覚えてない。月島くんがどんな顔してたとか、動揺していたとか、覚えてない。

また一つ大きなため息。

たかがキス、されどキスだ。
キスなんて減るもんじゃないし、一度や二度いいじゃないか!

って言い聞かせても、一瞬気が楽になって、すぐ落ち込む。


「なんて馬鹿なことしたんだ」


スマホは鳴らない。
月島くんからは応答なし。昨日相当遅い時間まで連れまわしちゃったけどちゃんと家帰れたかな大丈夫だったかな。気になるけどなんとなく気まずくて連絡とれない。


そういえば、月島くんから連絡なんて めったにこなかったな。




♀♂




二週間も経てば気もだいぶ楽になった。思い出してじたばたすることもあるけど、やらかした初日よりもプラス思考になった。相変わらず月島くんから連絡はないけど、わたしも連絡取る気もない。終わったな。色々な意味で。
終わったなって言うか、わたしが勝手に終わらせてしまったんだけど。勝手に盛り上がって勝手に終わっただけ。うんそれだけ。

だって初めから、月島くんに そんな気 なんて無かったんだろうから。


友達はドンドン結婚していって、疎遠になっていって、友達減っていって、結局わたしと遊んだりしてくれていたのは、月島くんくらいだったようだ。暇な夜を過ごしていると、やっぱり思い出してしまう。
わたし 月島くん好きだったんだなぁ。


缶ビール片手に借りてきたDVDを見る。こんな夜は泣きたくて仕方ない。明日は土曜日だ。泣きはらして目が真っ赤に腫れたとしても、誰に会うこともない。アルコールの力も相まってわたしの涙腺は早々に崩壊した。止まらない涙にどんどん濡れて行くタオル。ゴミ箱いっぱいのティッシュ。二本見終わったところでベッドの中に放置していたスマホを取り出した。


そこには 不在着信 月島くん の文字があって。


わたしの体の中の血液がものすごいスピードで巡った。鼓動がうるさくて、耳まで熱くて、涙が止まった。

滅多に連絡を寄越さない 月島くんが。あの、月島くんが。

どうしよう、今かけ直すべきか、否か。相談する相手は誰もいない。スマホを持ったまま、意味もなく部屋をうろつく。本当は答えなんて、最初から分かってるくせに。ここで勇気出さないで、どこで出すって言うのよ。意を決して、わたしは月島くんにかけ直した。ワンコールワンコールが長く思えて、電話を切りたくなった。でも月島くんはすぐに電話に出てくれて


「内田さん?」


二週間ぶりの月島くんの声は、いつもと変わらなかった。


「つ、月島くんから電話してくるなんて珍しいね」
「そうでもないデショ」
「ど、どうかした、の?」


それに対してわたしはどもりすぎもいいところだ。


「・・・いや、最近内田さんから連絡ないなって」
「え」
「飲みに行きませんか」
「え」
「あ、嫌ならいいんだけど」
「い、嫌じゃないよ!」


わたし 嫌われたと思ってたから。彼女でもない、好きでもないわたしからキスされて、きっと嫌いになったと思ってたから。


「いつにする?」
「わ、わたしいつでも暇」
「じゃあ明日とか」
「明日!?」
「予定あるの?」
「ないけど・・・」


この腫れた目を、どうにかしなくちゃいけないな。


「じゃあ明日、土曜日。駅前集合で」
「うん。わかった。楽しみにしてるね」
「・・・僕も」


ぷつっと電話が切れた。「僕も」と言われたことが、空耳じゃなかったらいいなとぼんやり考えながらスマホを見つめた。再生しっぱなしだった暗い映画を消して、お風呂場に向かう。キスをしたことで、わたしのことを恋愛対象に見てくるようになったらいい な。

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