これの続き


秋の天気は変わりやすい。
さっきまで晴れていたのに、急に雨が降り出した。窓をたたく雨の音を聞きながら、今日のバイトも暇なんだろうなぁなんて考えていた。
景気良くなったなんて嘘。常連さんが来るペースは減って来ているし、頼むものだって変わって来ている。吸ってる煙草も安いものにしたり。
やることなく暇な店番。グラスをひとつずつ拭いてピカピカに磨く。するとギッと重たい木のドアが開いて、誰かが店にやってきた。


「濡れた・・・」
「!! 手嶋くん」
「よぉ、久しぶり」
「だ、だいじょうぶ!?」
「ヘーキヘーキ」


わたしが案内する前に手嶋くんはカウンター席に座る。手嶋くんにタオルを手渡すと「ありがと」と言って受け取ってくれた。ついでにあったかいおしぼりも。


「雨降りそうになかったのにいきなり振ってきたから焦ったよ」
「雨の予報はなかったもんね」
「な。んー何頼もうかな」
「もうビールじゃ体冷えちゃうね」
「そうそう」


あの日、わたしがバイトを終えた後のことを思い出して、どぎまぎしている。
少しほろ酔いの手嶋くんの手は熱かった。よく分からないけれど二人で手をつないであてもなく歩いていた。あてもない散歩にも終わりは来るもので、時間をかけてわたしの家までたどり着いた時、手嶋くんはわたしの手を引いて、おでこにきすをした。
その後、何もなかった。手嶋くんから連絡が来ることも、もう一度手嶋くんが、わたしの目の前に現れることも。手嶋くんは県外に進学したし、たまにの帰省でわたしのバイト先に訪れたんだと思う。
手嶋くんにとって、些細なことだったのかもしれないけど、わたしにとっては、夏の一大事件だったんだ。


「でもやっぱりビールで」
「かしこまりました」


良く冷えたジョッキにビールをそそぐ。丁寧に注ぐときめ細かい泡が立って、見るからに美味しそうなビールを作ることができた。コースターをテーブルに置いてジョッキを置く。手嶋くんは目をキラキラさせて「おいしそー」と言った。わたしの目を見て「いただきます」と言ってから喉を鳴らしてビールを飲む手嶋くん。最後に会った日から、もう四カ月近く。その間、何度も手嶋くんのことを思い出した。忘れていても、「元気にしているだろうか」なんて頭に浮かんでしまう手嶋くんの姿に、胸が痛くなっていた。


「あーうまー」
「それはよかった」


地元にいれば、会ってしまうのはしょうがない。しょうがないけど、できれば会いたくなかった。会ってしまったらまだ好きなんだって、実感しちゃうから。


「元気にしてた?」
「まぁまぁかな。本当はもっと早くこっち帰って来たかったんだけど、課題課題で」
「大学忙しいんだ」
「なんかやりたいこと全部手出したら忙しいのなんのって」
「あはは。そりゃ忙しくなるよ」
「凡人も大変だわ」
「えー手嶋くん凡人じゃないと思うよ?」
「またまた上手いこと言っちゃって」
「いや本当に」


だってだって、わたしすごく手嶋くんすきなんだ。
だから手嶋くんが自分のことを卑下しているのは見ていて悲しくなる。
手嶋くんはへらへら笑って、ビールを飲んだ。


「俺さァ」
「うん」
「県外行かなきゃ良かったって最近思ってて、」
「え、そうなの?」
「うん。なんつーの?ホームシック?」
「一人暮らしだから?」
「それもあるかも」
「寂しくなるよね」
「寂しいとまたちょっと違くて、」
「うーん・・・」


手嶋くんは腕組をして考え込んだ。


「正直な話ね、内田に会えないの割とキツくて」
「え」
「はは、びっくりしてる」
「する、よ」
「前ここ来た時ホント偶然だったんだ」
「うん」
「そしたら内田いるじゃん。俺もうぶわーってなっちゃって」
「ぶわー?」
「うん。久々に会ったらめっちゃ奇麗になってるし、ぶわーってなった」
「よくわかんないよそれ」
「まあ、そんなわけで、なんとか内田の心をゲットしてから向こう行こうと思ってたのに」
「うん」
「遠距離じゃん無理じゃね?とかぐるぐる考えてて、でも内田の手冷たいし気持ちいし、このままいられたらなーと思ってたら内田んちついちゃって」
「うん」
「何も言わないで向こう戻って、忙しくて仕方なかったんだけど、たまに内田元気かなって思ったりして」


わたしと いっしょだ


「酔ってんのかな、俺」
「まだ一杯目だよ」
「そうだな」
「手嶋くんわたしのこと好きなの?」


手嶋くんは唇を指先でさすって、にやりと笑う。


「好きだって言ったらどうする?」
「その返しはずるいと思う」
「だよなぁ」
「・・・手嶋くんて口説くのへたくそだよ」


ああ、なんか今、緊張が解けた。
今の一連の流れを思い返したら、わたしは間違いなく手嶋くんに口説かれていて、でもその口説き文句それぞれはわたしの心に響くまでに時間がかかっていた。


「・・・あーもーカッコワリー」
「ふふふ」
「今日もバイト終わるまで待ってていい?」
「うん」
「ビールおかわりちょうだい」
「かしこまりました」
「・・・本当かっこつかねー・・・」


まだ一杯目だと言うのにほんのり頬が赤くなってる手嶋くん。それってアルコールのせいじゃないよね?

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