会社に着くなり上司に「今日から出張ね」と言われて慌てて家戻って準備して、新幹線に飛び乗った。移り行く景色を眺めながらあいつになんも言わないで来ちゃったナァ・・・なんて思った。


いや、うん。今日が木曜日だからそう思うだけであって、特別な感情があるわけじゃない。


出張で要らない気を使って業務をこなし、俺が来たからと飲み会を開く気満々の支所のみなさんに誘われるがまま飲み会に行き、ハシゴし、キャバクラのネーチャンに愚痴をこぼし、解放されたのは深夜2時を過ぎたころだった。明日も朝から出張先で仕事だっつーのに・・・。いいんだ今回の出張は二日間だけだから明日頑張れば帰れるから。ビジネスホテルに着いて一番に煙草を吸った。あぁー疲れた。酒クセェし、煙草クセェし、食べ物クセェ。そう言えばスマホ充電切れたんだった。鞄からがさごそと充電器を取り出してコンセントにつないだ。


不在着信 一件


誰だろ。煙草の火を消して確認すると、そこには真帆の名前があって、なぜか血の気がサッと引いた。留守電を聞くと「やすとも?」なんて、少し寂しそうな声が聞こえた。電話越しだから、そう聞こえただけなのかもしれないけど。深夜2時過ぎ。もう起きてないかもしれない。なのに俺は電話をかけた。何度コールを鳴らしても電話に出ることのない真帆。心臓がざわついて落ち着かない。手汗をかき始めて、スマホがつる、と滑った時「はい」と眠たそうな声が聞こえた。


「真帆か」
「あーヤストモ?」
「オウ」
「生きてたか」
「オウ」
「よかった」


よかった のたった一言に、なぜか心臓が痛くなって、真帆がなんかいろいろ喋ってくれているのに オウ っていう相槌しか打てない。なんだコレ。


「出張?」
「オウ」
「おつかれ」
「オウ」
「靖友?聞いてる?」
「聞いてる」
「寝てたのに靖友が起こすから目が冴えちゃたじゃん」
「なぁ真帆」
「なに?」
「俺達結婚しネェ?」
「え・・・え!!??」


数秒の沈黙の後、真帆は電話を切った。え、俺、ふられちゃったの?





金曜日。
出張先の業務を終わらせて開かれた飲み会を「新幹線の時間があるので」で一次会で退散した。それでも狭いマンションの一室に着くまで相当時間がかかって、結局12時に着いた。カーテンから漏れる明かりを確認して、急いでエレベーターに乗り込む。大げさにドアを開くと、いつも聞こえる「おかえり」が聞こえなかった。玄関にしっかりある真帆のパンプス。コンロの上には冷めきった豚汁。ワンルームとの境にある扉を開くと俺の布団の中で丸まって眠る真帆がいた。


「寝てんじゃネェよ、バァカ」


幸せそうな寝顔にデコピンすると、眉間に皺を寄せながら真帆が目を覚ました。


「あ、おかえり」
「ただいま」
「いっぱい考えたんだけど、わたし靖友におかえりって、ずっと言っていられる人になりたいな」
「・・・」
「あれ?靖友?」
「電話の時にそれ言えよナァ」
「いや、だってあの時は頭真っ白で、眠たかったし」
「豚汁食べヨ」
「そうしよう」


その夜は久しぶりに熟睡した。

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テーマ「人外ファンタジー」
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