夏が来た。

いつの間にかハルちゃんじゃなくて、七瀬と呼ぶようになってから、わたしと七瀬の距離は少しずつ遠くなっていってしまった。ついにわたしと七瀬が幼馴染だと言うことを知る人は、真琴くらいになってしまった。同じ高校へ進んでも一緒に登校することなんてない。自分の部屋の窓から、真琴と七瀬がちゃんと学校へ向かったことを見送ってから、わたしは家を出る。部活に入らないでだらだらと過ごしている二人を見ながら、わたしも同じように部活に入らずだらだらと過ごしていた。友達もたくさんできたし、これと言って夢中になるものがないから、部活に入らずにいた。二年生になって、渚くんが入学してきて、水泳部を作ると言う噂を聞いたときは信じられなかったが、古くなったプールを三人で直しているところ屋上から見かけて、信じざるを得なくなってしまった。



さっきも言ったけど、夏が来た。そして、夏休みに入った。



割と海に近いところに住んでいるからなのか、夜は意外と涼しく、一人縁側に座ってぼーっとしていた。後ろからお母さんが「なんで遙君と仲悪くなっちゃったんだろうねぇ」と言う。わたしが七瀬の家を見ていたのがバレてしまたのだろうか。「なんでだろうねぇ」理由は分かっているけど、すっとぼけた。「あんなに仲良かったのにね」親と言うものはなんでこう、ズケズケとデリケートなところに土足で踏み込んで来るんだろう。「そうだね」わたしが相槌をつくと、お母さんは思いついたように言う、「そーだ!スイカもらったのよ、遙君におすそ分けしてきてよ!」そしてなんで親と言うものはお節介焼きなんだろうか。

想像以上にそのスイカは重い。だが七瀬の家はわたしの家の隣である。全く問題はない。問題があるとすれば、七瀬の家の灯りがお風呂場にしかついていないことだろうか。玄関先に突っ立ってどうしようかと考え込む。帰ろうかな。玄関しまってたって言えばいいよね。くるりと方向転換して去ろうとした、のに。


ガラガラガラ


いきなり七瀬の家の玄関が開くものだから、あやうくスイカを落としてしまうところだったじゃないか。


「・・・真帆」
「お、おはよう」


頭にタオルを乗せているところを見る限り、お風呂上がりに違いなかった。わたしはなぜか「おはよう」なんて言う夜に似つかわしい挨拶を口にして、右手を挙げた。左手には、スイカの入ったスーパーの袋。こうやって面と向かって話をするのはいつぶりだろうか。もう忘れてしまったよ。本当は覚えているけど。忘れたいけど。


「どうした、こんな時間に」
「お母さんが、スイカおすそ分けして来いって」
「・・・ありがと」


スイカは重たい。そのスイカを渡すときに、手が触れてしまった。


「ぁ」


反射的に手を離してしまって、危うくスイカが地面に落ちてしまうところを、七瀬はキャッチした。触れたところから体が熱くなっていく。



そうだ、わたしは七瀬を好きになってしまったのだ。だからハルちゃんと呼べなくなってしまって、近づくことができなくなってしまったのだ。



「上がっていくか?」
「え」
「スイカ、俺一人じゃ食べきれない」
「・・・お邪魔します」



今までが近すぎた。
台所に立って、スイカを切る七瀬の後ろ姿を見て思う。いつの間にこんなに大きくなったんだろう。これ以上近くになんてなれないと思うくらい、近かったから、遠ざかった。遠ざかっていくわたしを見て、七瀬は何を思ったのかな。家が隣で、いつも一緒に遊んでて、そんなわたしが七瀬に近づかなくなった時、何を感じたのかな。



「ほら」
「ありがとう」


几帳面に切られたスイカがわたしの目の前に現れる。向かい側に座った七瀬は味塩をトントンと振り、スイカにつける。「ん」と言いながらその味塩をわたしにつきつけ、わたしがその味塩を受け取るまで、スイカを食べることも、わたしから視線を逸らすこともなかった。


「・・・ありがとう」


同じように味塩をスイカにつける。それを見届けた七瀬はやっとスイカを口に運んだ。


「ぷっ」
「・・・なんだ」
「だってハルちゃん大きい口開けて」
「ハルちゃんって呼ぶの止めろって、言っただろ」
「あ」


だからわたしは 七瀬 って呼ぶようになったんだよ。真琴みたいに、ハルって呼べないから、恥ずかしくて呼べないから。


「いい加減、名前で呼ぶの、覚えろよな」


海岸で誰かロケット花火を打ち上げている。その音がここまで届いていることに、わたしは驚いた。網戸から心地いい風が入ってくる。心なしか七瀬の頬が赤くなったように見えた。


「遙」
「なんだよ」
「今度花火しようよ」
「ヤダと言ったところでお前はやるんだろ」
「うん」
「・・・おばさんにスイカごちそうさまでしたって言っといて」
「うん」
「花火、買いに行くか」
「今!?」
「当たり前だろ」


シャリシャリとスイカを食べ進める遙を見て、わたしも慌ててスイカを食べ始める。


「・・・真帆だって人のこと言えない」
「なにが?」
「口、デカイよ」
「遙ウルサイ」
「早く食べろよ、店閉まっちゃうだろ」
「わかったよ」
「花火するんだろ」
「するよ。真琴も呼ぼうよ」
「じゃあ渚も呼ぶか」
「いいねぇ」
「スイカもまだ余ってるし。食べながら花火する」
「え、海で花火しないの?」
「ここでいいだろ庭あるし」
「遙が良いならいいけどさ」
「いいよ、真帆がいればどこだって」

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -