終電に乗り込み、狭いマンションへ向かう。ほとんど眠るだけの家に待つ人はいるはずもなく、だらだらと電車に揺られた。神経すり減らして働いて結局得られるものは金だけなんて、虚しい人生だなァ・・・。目を閉じればすぐに眠れそうだが、眠れば寝過ごしてしまう。明日も仕事のある身としてはそれは避けたい。心地良い揺れに耐え、ホームへ降りる。スーツ姿の人が何人も見えた。俺と同じように働くために生きているヤツがこんなにもたくさんいるなんて。パァっと飲みに行きたいネ、全部忘れて。


マンションに着くころには人の姿はまばらだった。車の通りも昼間ほど多くはない。飲み会帰りの学生に、ハシゴしすぎて顔真っ赤になったオッサン。を支える部下。ハイみんなお疲れさまでしたー。今日は何人の人が起きているんだろう。終電で帰って来た時、ふと始めた起きている人何人数え。灯りの漏れてる部屋を数えてから自分の部屋へ向かう。いつものように高さだけはあるマンションを見上げた。


「あ、れ」


ついているはずのない自分の部屋の灯りがついていて、急いで自分の部屋に向かう。エレベーターが降りてくるまで意味もなくボタンを連打して、乗り込んでまた意味もなくボタンを連打した。エレベーターの扉をこじ開けるようにして出て、部屋の鍵を静かに開けた。泥棒か。頭によぎる。残業帰りの落ちた体力で太刀打ちできるものなのか。まあ、なんとかなるだろ。


「あ、遅かったね。おかえりー」


中から聞こえた声は懐かしい声で、思い出すまでに少し時間がかかった。1LDKの部屋から出てきたその人は、俺が思い出した人物よりも大人になっていて、面影はあるような気がするけど、定かじゃない。眉間に皺寄せてまじまじ顔を見てうーんと唸りながら考えた。俺の部屋にずいずい入って来る女なんて、そうそういるはずがない。元カノに渡した合いカギは返してもらったし、合いカギ流出はしてないはず。だとしたら。


「お前、真帆か?」
「アタリ」
「なんでここにいんだヨ」
「靖友のお母さんに頼まれて。様子見てきてって」
「だからって来るか?普通」
「ちょうど暇してたし、わたしも東京遊びに来たかったし!」
「そーかヨ」
「うん。あ、豚汁できてるけど食べる?」
「食う」


殆どスッピンの顔した真帆はキッチンに立つと鍋に火をかけた。俺は鞄を玄関にポイ。洗濯機に靴下とYシャツポイ。適当にスウェットに着替えて冷蔵庫から缶ビールを取り出した。コタツテーブルに缶ビールを置いて、テレビのスイッチを押した。


「来るなら来るって言えよ」
「靖友は仕事忙しいって新開くんが言ってたから、邪魔したら悪いと思って」
「気ィつかう仲じゃないダロ」
「それはそうか」


豚汁を温めている間真帆は俺の隣に座って地元であった話をぺらぺらと語り出した。あの子とあの人が結婚したとか、去年結婚したカップルがもう離婚したとか、同級生が起業したとか。地元に帰っていない間、地元は地元でどんどん時間が流れていた。俺は同じところでずーっとぐるぐる回っているだけ。俺だけ成長してないみたいで、なんだか笑えた。


「あ、あったまったみたい。持ってくるね」
「アリガト」


目の前に湯気の上る豚汁に、白いツヤツヤのお米。簡単なのに食欲がそそられるそれに、俺はいただきますと言ったあとすぐにがっついた。こいつこんなに料理上手かったっけ。そんなこと考えながら一人で黙々箸を進める。


「真帆は食わねーノ?」
「わたしさっき食べちゃったんだよね」
「あ、ソ」
「靖友が食べ終わったら帰るから」
「え、帰ンの」
「うん。車で来てるし」
「は!?車!?」
「去年買った」
「聞いてネェ!」
「言ってないもん」
「ホントに帰るの」
「帰るよ。だってわたしいても迷惑でしょ」


カタン、と箸を置いて


「迷惑じゃない、って言ったら?」


真帆は少しびっくりした顔をして「靖友疲れてるんじゃない?」と苦笑いをした。

そうそう、疲れてるんだ、俺。これ食ったらもう寝る。明日も仕事、早いから。久々に会った幼馴染がこんなに奇麗になってると思わなかったから、すこし変な気起こしちゃっただけで、冷静になればなんてことないんだ。うんうん、連日の残業で疲れてるだけ。そのはず。

もう一度箸を持って、ズズッと豚汁を啜った。



真帆は本当に帰った。

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テーマ「人外ファンタジー」
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