美人局、だったのだろうか。


イケメンモデルとして活動している黄瀬涼太になぜか助けを求められ、わたしは彼をかくまうことになった。「面倒な女に付きまとわれている」そう言った彼の顔はひどく怯えていて、嘘ではないだろうと思っていた。すぐに出ていくかと思いきやわたしの狭いワンルームに居座るようになって、当たり前のように生活するようになった。


「リョータくん」
「なんスか?」


当たり前のようにわたしのソファに座ってドラマを見ている彼の名前を呼ぶと、キラキラ光る瞳でわたしのことを見た。


「君の家はどこなの?」


わたしがそう言うと彼はびくっと体を震わせた。いつの間にかわたしの家が彼の帰る場所みたいになっていたけど、本当はそうじゃない。彼にはちゃんと帰る家があるはずだ。

テーブルに置いてあったリモコンで、ギャンギャンうるさいテレビを消す。彼は笑うのをやめた。彼の目の前に行き、かしずいて手を握った。


「送って行くから、帰ろう」


送って行くから、帰ろう なんて、彼の年齢に沿わない言葉だけど、そう言うしかなかった。体は大人でも、彼の中はまだわたしよりもずっとコドモで、わたしが守ってあげなくちゃいけない、なんて奢っていた。そうじゃない、彼を守るのはわたしじゃないんだ。


「真帆さんの、迷惑っスか?」


迷惑なんてことない。すごく楽しかった。料理があまり上手じゃない彼の手料理が楽しみで、毎日仕事を頑張っていた。疲れたわたしの肩を揉んでくれたことも嬉しかった。一人ぼっちのワンルームが華やかになったのはどう考えてもリョータのお陰でしかない。


「そんなことないよ」


でもいつまでもこんな生活をズルズルと続けるわけにはいかない。彼はまだ学生で、これから先学ばなくちゃいけないことがたくさんある。それをわたしが邪魔していいわけがない。彼は眉間に皺を寄せて、ひどく悲しそうな顔をした。「なら、なんで」かすれた声で彼は言う。なんで、なんて自分でも分かっているくせに、どうしてそうわたしに聞くのかな。リョータは本当に、意地が悪いね。


「行こう」


きっとわたしがこんな風に彼を部屋から追い出しても、彼はまた新しいワンルームを見つけて、誰かに依存するように寄生するように生きていくんだろう。それがリョータの人生だ。でもわたしの人生を彼に蝕まれていくわけには、いかないんだ。

彼の手を引いて立ち上がると、つられるように彼も立ち上がった。一緒に住むようになって買ったリョータのパンツも、シャツも、みんなまとめて明日の燃える日のゴミに出すから。思い出なんていらない。リョータと過ごした日常が、空白になればそれでいい。


道路に出ると、車のライトがちかちかとアスファルトを照らしていた。曇っているのか、街の灯りのせいなのか、星は一つも見えない。もし職質されたらなんて答えようか。姉と弟です、て言えばいいのかな。今のわたしとリョータはきょうだいで、おねーちゃんがおとーとの手を引いて歩いているようなものだ。彼をどこまで連れて行けばいいかわからない。どこまでも連れていけない。わたしは彼の何者でも、おねーちゃんでもないのだから。


「真帆さん。もう、ここで」


たくさんわたしに幸せに似た何かを与えてくれたリョータ。
抱きしめられて、空っぽなリョータの中身が感じられた。
中身がスカスカな彼は、風船みたいにふわふわどこかへ飛んで行ってしまいそうだ。

それでいい、それがいい。


「うん。いままでありがとう」
「ありがとう。またね」


またね なんて無いくせに。


わたしに背を向けて歩き出すリョータを、闇に埋もれて見えなくなるまで見つめていた。涙は出なかった。


「またね」


わたしの声は とどかない。


(またねなんて ないくせに)

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