*色々捏造





旅館の跡を継ぐことは生まれたときから決められていたことだった。だから高校を卒業したときに自転車を降りたのは当然のことだと思っていた。経営を学ぶために大学へ進学し、オレのことを全く知らない人達に囲まれて生活することは辛くもあったが、楽しい日々を送っている。

夏休みになれば実家に帰り、旅館の手伝いをするのは当たり前になっていた。繁忙期には住み込みの仲居さんを雇うことになる。父親が不在の時に面接をすることになり、たまたまオレが立ち会った時、彼女を見つけてしまった。迷うことなく彼女を雇い入れるようにかけあう。そして彼女はたったひと夏だけ、この旅館で過ごすことになった。



「重たくはないか?オレが持とう」
「いえ、尽八さんの手を煩わせるわけにはいきませんので」

「少し休んできたらどうだ?ここはオレが見ていよう」
「いえ、休まなくても大丈夫です。お気になさらず」



彼女はいつも凛としていて、そしてかたくなだった。どんなに優しくしようとしても、彼女はそれをよしとせずいつも断る。働き者だとみんなに関心されていたが、納得いかなかった。
特定の恋人を作ったことのないオレは、女子たちは勝手に寄って来るものだと今の今まで思っていたから、こうつっけんどんにされるとどうしたもんかと悩んでしまう。ぜひともお近づきになりたいのに。夏が終わってしまう前に。

朝から晩まで通しで休む暇なく働いても、朝が来れば目が覚める。日が昇るのが速くなったからなのか、いつもよりも早く目が覚めた。目が覚めたらまだ動き出すまで時間があったため久しぶりに外へ出ることにしよう。ぐるりと庭を一周したらちょうどいい時間になるだろう。
寝ぐせを直し、作務衣に着替えて外へ出た。朝一の太陽の光を浴びて伸びをする。まだ熱くはないがこれからうんと熱くなることだろう。

住み込みで働いているから、会うことは珍しくはないんだが、朝一で彼女に会うとは思わなかった。寝起きなのかくああと欠伸をした彼女。いつもの凛とした姿からは全く想像できなかった。目の前から歩いてきているのにオレの姿には全く気が付いていないようで、ぽりぽりと頭を掻いたりしている。もう一度欠伸をしたときについにオレの姿を見つけたようで、急に気をつけをして姿勢よく歩き出した。



「尽八、さん」
「おはよう」
「おはようございます」
「君も欠伸をするんだな!」
「!!見てたんですか・・・」
「見えてしまったのだよ」



ははは と笑ってみせると、彼女は少し恥ずかしそうな顔をして言った。「なんとなく速く目が覚めてしまったから散歩してたんですけど・・・二度寝した方が良かったかも」早起きは三文の得だと思ったオレに対して酷いことを言ってくれるな。少しは寝た後ろ髪を撫でて彼女は「間抜けだと思ったでしょう?」とむくれる。なんて可愛いんだ。やっぱりオレの見立ては悪くなかった。オレは間違っていない。正解の道を突き進んでいる、今。



「いつもしっかりとしているからな、あんな大きな欠伸をするとは思ってもみなかった」
「うわ、ひどい。わたしだって欠伸のひとつくらいします」
「オレは二回欠伸を見たような気がするな」
「うっ。いつから気がついてたんですか?」
「最初からだ!」



最初から、気がついていた。
君が大切な人になるってことは。
一目見たときから。



これから夏本番が来る。涼しくなるその前までに、オレは君の心を手に入れなくちゃいけない。ひと夏で終わらせないために。



「そういえばなんでうちで働こうと思ったんだ?」
「留学資金を貯めるためです、って言いませんでしたっけ」
「りゅうがく しきん?」
「はい」
「言っていたような、言ってなかったような」
「言いましたよ」
「聞いたような、聞いてないような」
「ちゃんと覚えていてください」
「今 覚えた」



どうしてこう、オレが大切だと思う人は遠くへ行ってしまうのだろうか。彼女も遠くへ行ってしまう。そうなる前に、そうなる前に。



「まだまだ先なんですけどね」
「そうか。まだ先なんだな」
「はい」



早く、君の心を手に入れなくちゃいけない。

太陽が徐々に上って来て、さっきまで涼しかったのに、もうじわりと汗をかき始めたようだ。板長が朝食を作り始めたのか、焼き魚のいい香りがし始めた。旅館の方を一度見てから、彼女のことを見つめる。



「今日も一日よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」



若女将なんてどうですか?内田真帆さん。

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