巻島がよく図書館に出入りするようになった。チャリを漕いでいる時間よりももしかしたら勉強している時間の方が多くなっているのかもしれない。頭の出来は悪くない男だったし、それに自転車競技部の一員としてインターハイ制覇した男だ。きっと大学推薦で引く手数多だろう。だからそんなに焦って勉強しなくても、とわたしは思った。

わたしは巻島よりも頭の出来は劣るからそれなりに勉強しなくちゃ大学へはいけないのだけれど。
図書館の学習室へ行き、どこへ座ろうかと見回した。見覚えのある緑色の髪の毛を見つけたわたしは、その隣の席へ鞄を下ろした。巻島は顔を少し上げて一瞥すると「またお前か・・・」と口パクで言った。失礼な男だ。参考書とノートを開く。全く理解できない問題があれば筆談で巻島に聞いて、巻島も嫌々そうな顔をしながらも丁寧に教えてくれた。もくもくと勉強をしているとそのうち閉館時間が訪れ、わたしと巻島はがらんとした学習室を後にした。閉館まで一緒にいたわたしたちが、そのままの流れで一緒に帰ることになるのは、もういつものことで。


「巻島勉強のしすぎじゃない?医大にでも行くつもり?」
「そんなわけないっショ」
「へぇ・・・巻島チャリ部での実績あるからそんな勉強しなくても受験先安泰じゃない?」
「俺こっちの大学行かねぇから」
「え。県外いくの?」
「そんなところっショ」
「どこに」
「そんなん聞いてお前どうすんの?」


どうすんの、ってどうするんだろう。わたしは腕組をしてうーんと唸った。
こうやって二人で一緒に帰るようになって、わたしは勝手に仲間意識を抱いていたんだけど、それじゃあ質問する理由にはならないのだろうか。


「巻島がいなくなったら寂しくなるなぁ」


それはまごうことなきわたしの本心なんだけど、そんなのちっとも信用してない巻島は「馬鹿言え」と酷い言葉をわたしに言い放った。「本当なのに」「ありがとよ」「うん」まだ信用してないな、コイツ。



それからしばらくして
巻島はぱったりと図書館に来なくなった。



学校でも会うことはなかった。もともとクラスは違うから見かけることがないのもおかしいことじゃないんだけど。あの緑色の髪の毛を見つけるのは安易なはずなのに、どこにもいなかった。そして風の噂で聞くんだ。「巻島くん、もう卒業したらしいよ」「イギリスに留学するんだって」

わたしと巻島の接点は、あの図書館のあの広い学習室でしかない。なんで何も言ってくれなかったんだ、なんて聞けるほどの仲じゃなかったんだ。

今日も真面目なわたしは図書館へ通い、あの学習室で勉強をする。一番前の席しか空いてなかったからそこへ座った。鞄から重たい参考書を取り出して、広げる。
分からない問題があったら、巻島に筆談で教わっていたなぁ なんて思い出して なんだか泣けてきた。
涙をぐっとこらえて参考書を睨む。涙で滲んで文字がよく読めなかった。あー今日はもう駄目だ、勉強する気になれない。背もたれに寄りかかって目を瞑った。


イギリスって 県外どころか 海外じゃないですか。巻島さん。


ギィ、と誰かがわたしの隣に座る音がして、わたしはうっすらと目を開いた。そこには緑色の髪の毛をした男が、ニィと口角をあげて笑ってわたしのことを見ている。
「まき!」まで声に出すと巻島は慌ててしーっと人差指を口元に添えた。「まきしま」とわたしが口パクで言うと巻島は「さっさと勉強しろっショ」と口パクで答えた。
巻島の姿を見たら俄然やる気がわいてきて、シャーペンを強く握った。もくもくと勉強をこなすわたしの隣で、巻島は優雅に本を読んでいる。この間まで必死に勉強していたのは、そうか、卒業を繰り上げるためだったのか。
勉強に打ち込んでいるといつの間にか閉館時間になっていて、わたしと巻島はこの間までと同じように二人で学習室を出た。暗くなった夜道を街灯が導いてくれる。このままどこまでも歩いていけそうな気がした。これから巻島が向かうイギリスまでも。


「イギリス、行くんだってね」
「知ってたのか」
「うん。みんなが噂してた」
「噂は本当だったってわけだ」
「イギリスに行ってなにすんの」
「なんでもいいっショ」
「モデルになってパリコレにでも出る気・・・?」
「イギリスにパリなんてねぇだろぉ」
「わ、わざと言ったんだし」
「嘘言え」


巻島はクハッと笑って、細長い指でわたしの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。なんだろうこれ、すごく 惜しい。巻島に触れられたことなかったから、こうやって頭なでられると、本当にいなくなっちゃうんだって、急に実感がわいてきてしまう。


「いつ、帰ってくるの?」
「いつだろうなぁ」


こんなに寂しい気持ちになるなんて想像しなかった。巻島がこの国から居なくなってしまうなんて、考えたこともなかった。そのことがわたしに与える影響は、どうやら大きいらしくて。


「かなしい」
「泣くなっショ」
「泣いてない」
「じゃあ笑え」
「笑えないよ」


巻島がいなくなっちゃうなんて、笑えないよ。


「内田が笑ってるの、嫌いじゃないっショ」
「どーいう 意味」
「俺が行く時も帰って来る時も笑ってればいい」
「やだよ」


わたしがむくれると巻島はその頬をつねってむにーと伸ばした。


「いひゃい」
「お前が笑ってなきゃ、行くのが辛くなるだろ」


巻島はわたしの頬を放して、「柄にもないこと言った」と自分の髪をぐしゃ、と撫でる。


「それは告白だと解釈してもよろしいですか」
「勝手にしろっショ」
「じゃあそう解釈する」


巻島が照れ屋さんなんて、ずっと前から知っている。だからこんな言い方しかできないんだなって、ちゃんと分かるよ。


「早く帰って来てね、 ダーリン」


馬鹿みたいに恥ずかしいことを言えるのは、巻島が好きだって気づいた今日だから。巻島は照れ臭そうにポリポリと頬を掻いて言った。「恥ずかしいからその言い方やめろっショ」「なんとなく嬉しそうに見えるんだけど」「気のせいっショ」ねぇ、次会う日までちゃんと好きって言えるように、大人になっていようね。

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