一コマ空いて暇になったわたしは構内にあるベンチにどっこいせと腰をかけて空を仰いだ。真っ青な空が広がっている。ピーヒョロロとホトトギスが鳴いたような気がした。わたしの隣に誰かが座り、誰かと確認しようと隣を向いた。

「氷室じゃん」
「いい天気だね」
「春だねぇ」
「好きだよ」
「は、」
「なんか言いたくなって」
「わたし彼氏いるって言わなかったっけ」
「言ってたね、そういえば」


それにしても、本当いい天気だね、と氷室は伸びをして、さっきわたしがしていたみたいに天を仰いだ。爽やかに好きだって言われたけど、それってなんか天気と関係あるの?


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「梅雨が明けたね」


缶コーヒーを自販機で買って、カフェテリアで休んでいたわたしの前に座って、氷室は言った。ここ最近雨が降り続いていたから、やっと太陽を拝めていい気分だ。


「まだ湿気残ってるけどね」


わたしの前髪は少ない湿気に反応して少しうねっている。指先でちょいちょいと前髪を直した。


「好きだよ」


その湿気を跳ね飛ばすように、氷室は爽やかに言う。わたしまだ別れてないんだけどなぁ。


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夏休みに入って、氷室と会わない日が続いた。ただ同じ学部だってだけでそれ以外接点はほとんどない。会わないのが普通。な ん だ け ど。なつのおわり、たまたま行った飲み会でたまたま氷室もいて、たまたま帰り道が同じで、仕方なく一緒に帰ることになった。薄暗い帰り道に、ひぐらしの鳴き声が響く。


「夏の終わりってなんだかさみしくなるな」
「ね。花火の終わりみたいでさみしい」
「好きだよ」


三回目となるとなんだか呆れちゃって、なんだか面白くなってくる。酔いも手伝ってかわたしは笑い出して「わたしは氷室に好きになってもらえるような女じゃないよ」なんて言ってしまった。彼氏とは、最近うまく行ってなかった。氷室は何も言わずに、なんにも触れずに、わたしを家まで送り届けてくれた。


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秋になると人肌恋しくなるのは、寒くなるからなのだろうか。黄色く染まった銀杏の葉っぱをアスファルトから一枚拾う。冷たい風がぴゅうと吹いて、拾った葉っぱをどこかへ運んで行ってしまった。


「寒くなってきたね」
「うん」


氷室はどこからともなく現れて、わたしに話しかけてくる。氷室の登場を心待ちにしているわけじゃないけど、たまに、なにかから救われたような気になってしまう。氷室はよくわからない男だ。振り返って返事をすると、氷室はわたしに並んで促すように歩き始めた。


「雪、降ってないけどね」
「そうだね。好きだよ」
「うん。あのさ、わたし別れたんだよね」


他に好きな子ができたんだってサ。わたしがそう言うと氷室は「そうなんだ」と相槌を打っただけであとは何も言わなかった。


::


雪がとけて、春が来た。その頃にはわたしの傷はすっかり治っていて、なんであんな男のために悩んだりしてたんだろうと思うようになっていた。同じ学部のメンバーで花見をしようという話になって、わたしは場所取りをするべく、誰よりも早く公園へついた。ビニールシートを広げてごろんと寝転がる。満開の桜がざあざあと風に吹かれて花びらを散らした。


「桜が綺麗だね」
「あれ、氷室じゃん。早かったね」
「うん。好きだよ」
「あはは、氷室そればっかだね」
「確かに」


どこが面白いかわからないけど、なぜか笑えてしまう。笑をこらえるために肩をプルプル震わせて、そっぽを向いた。ねえ氷室。なんでわたしのことそんなに好きだ好きだ言うの?


::


「一年経ったね。好きだよ」
「うん。わたしの負け。おつきあいしよう、氷室」


そういえば氷室は好きだ好きだ言うだけで、わたしとどうなりたいにんて一言も言っていなかった。わたしのどこを見て好きだと言うのか、全然検討もつかない。
一年前のあの日、氷室が爽やかにわたしに好意を告白した時のことが忘れられなくて、今でも鮮明に覚えている。そんな記憶をくれるのは、後にも先にも氷室だけなんだ。一年かかったけど、やっと気がついたよ。


「やっと、やっと真帆を手に入れた」


氷室はそう言って、わたしを思い切り抱きしめる。あの日と同じ太陽の香りがした気がした。氷室の肩越しに空を仰ぐ。あの日もこんな風に、真っ青な空が広がっていた。

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