「しずお、しんだ?」


 冷たくなっている頬に触れながら言うと、彼は白い息を吐いた。アスファルトに寝そべった彼は、降り積もる雪に逆らうことなく目を開ける。薄く白くなりつつある道路には数人の足跡が残り、ここで何かあったことは間違いなかった。ただ今は夜で、頼りない街灯くらいしか静雄のことを照らしてくれない。だから彼の顔にあざがあるとか、血を流しているだとか、そんなことちっともわからなくて、わたしは彼の頬に添えた手を離さずにそのままにしている。彼の体温は想像以上に冷たく、本当に死んでしまっているみたいだ。瞬きを続けているからそれはないんだろうけど。ちらちらと降る雪は彼の肌に積っては少しずつ溶けてゆく。わたしが差している傘を少しだけ静雄のほうに傾けて雪が積もらないようにすると彼はスラックスのポケットから煙草を取り出し、火を付けた。二、三度ふかして大きく息を吐く。白い息と白い煙が空気に溶けていく。わたしと静雄はこんなふうには鳴らないんだろうなあと、手をひっこめた。

 今夜はよく冷える。ずいぶん着こまないと寒さでどうにかなってしまいそう。しかし静雄は薄着のバーテン風の服しか着ておらず、誰がどう見たって寒そうだ。今のわたしには寒さをしのげるような物をもっていないため、静雄には何もしてあげられない。できることと言えば、首に巻いてあるマフラーを貸すくらいだ。わたしはマフラーを取り、静雄に掛けてやる。そんなことも気にせずに彼はまた煙草をふかし、煙を吐くのだ。そんなに好きなの、煙草。


「寒くない?」

 わたしは今現在ちゃんとここにいるのに、静雄は見てくれない。わたしはいないことのように、わたしのことを扱っている。まるでわたしは幽霊だ。馬鹿みたい。

 わたしが幽霊だったらよかった?わたしがいなければよかった?わたしがここに出くわさなければよかった?静雄は今、何を考えているの。

 静雄は起きあがった。わたしもそれに合わせて立ち上がり雪が静雄に積らないようにする。静雄は濡れた髪の毛をガシガシと掻いて、やっとわたしの方を向いた。濡れた背中が冷たそうで、見ていられない。わたしが掛けたマフラーを、わたしの首に戻すと「お前のにおいがした」と言う。それからわたしが持っていた傘を取り上げ、ぎこちなく「帰るか」と相合傘をしてくれる。

 煙草を地面に捨てて皮靴でじりじりと火を消した。湿った地面に煙草が触れて、有害物質が空気に放たれる。静雄が歩き出したので、わたしもそれに合わせて歩く。わたしは幽霊じゃないから、空気じゃないから、煙草の煙じゃないから、静雄の世界に漂えるそれにはなれないけど、いつでも近くにいたいと思っているんだ。

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