「聖ちゃん」
「・・・まさか聖ちゃんと呼ばれるとは思わなかったな」


いつもは槙島さんと呼んでいるからだろうか、心なしか驚いた表情をした槙島さんは口元を読んでいた本で隠した。照れ隠しのつもりなのかな。向かい合わせのソファに座っていたわたしは、二人の間を隔てるようにしているテーブルに身を乗り出して、槙島さんに近づいた。


「だって結婚したって言うのにいまだに名字で呼び合うなんて、なんだかおかしくない?」


出会ったころからずっと槙島さんって呼んでいたから、結婚してからもずっとそれが続いていた。槙島さんもわたしのこといまだに内田さんって呼ぶんだもん。いつまでたっても結婚してないみたいでなんだかおかしいよ。

読んでいた本をテーブルに置いて、槙島さんはわたしのおでこをぱちんと人差指ではじいた。・・・いたい。


「確かにそうだね」
「そうでしょ」


おでこをさすりながら、わたしはソファに座り直す。今度は槙島さんがソファから身を乗り出す形で、わたしに近づいた。・・・見慣れていると言えば見慣れているけど、やっぱりこんなに近くに来られるとどうしても照れちゃうね。


「でもどうせ心の中じゃ“槙島さん”と呼んでいるんだろう?」
「ばれてたか」
「お見通しだよ」
「さすが槙島さ・・・聖ちゃんだ」


からかうようにぱちぱちと拍手をすると槙島さんは再び本を手に持って、パラパラとめくり始めた。聖ちゃんって呼んだらこっちむいてくれたから、本を読むのやめてくれたと思ったのにな、結局わたしは本には敵わない。


「じゃあ僕が内田さんを呼ぶとき、心の中でなんて呼んでいるか、考えたことがある?」
「考えたことない。どうせ意地悪な槙sじゃない、聖ちゃんのことだから、そのままなんでしょ」
「いじわるだなんて心外だな」
「心外だなんて心外だな」
「真帆って 呼んでるんだよ」
「へぇ そうなんだ」



「それだけ?」
「それだけって他に何を期待してたの槙島さん」
「・・・今、僕がいかに普通の人間だったか実感してる」
「ふぅん」
「こんなところ、グソンに見られたりしたら苦笑いされるに決まってるね」
「そうだね」



いつになったらもっと簡単に、緊張なんてしないで、名前を呼べるようになるんだろうか。今でももうこんなに心臓がキュッとなって苦しいのに。この苦しみから逃れられる日が来るなんて、想像もつかない。槙島さんが目の前にいてくれたら。

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