真琴のスマホがピロリンと鳴り、手に取った。


「あ、」


本当最近よくスマホが鳴りますね。新婚早々に浮気とか、ないですよねぇ?真琴さん。

食後のコーヒーを淹れて真琴の目の前に置く。真琴はコーヒーそっちのけでスマホに集中している。椅子に腰を下ろし、熱々のコーヒーにふぅと息を吐くと白い湯気が延びた。真琴の顔に湯気が当たっても、気にしない様子。テーブルに手をついて、スマホを持っている手を掴む。真琴は驚いたようだけど、隠す様子はなく、「わっ!びっくりしたぁ」と言った。スマホの画面はメールの受信画面で、ユキエという女性と思われる方からのメールが表示されていた。


「ユキエ・・・さん」


真琴のスマホを見たことはいまだかつてない。スマホはプライベートのものだから。見ないようにしていたけど、あまりにも最近スマホをいじることが多くなっていたから気になってしまった。見た後に落ち込む。見るんじゃなかった。別に真琴が誰とメールしてようが良いんですがね。良いんですが ね。


(なんか もやもやする)


「会社の後輩だよ。なんか好きな人がいるらしくて、その相談にのってるんだ」
「へぇ 相談」
「好きな人には付き合っている人がいるんだって」
「へぇ そうなんだ」
「それで俺に男心を教えてほしいって」
「ふうん」


掴んでいた手を離して、わたしはドカリと椅子に座った。真琴の腕を掴んでいた手がじっとりと汗でぬれている。なに、緊張でもしてるの?わたし。

ただの恋をしている後輩で、その相談を真琴が受けているだけ、そのはずだ。

そのはずなんだけど、どうも心が晴れない。ゲスなエスパーだけど、もしかしてそのユキエ後輩は真琴が好きなんじゃないの?


「それで最近スマホよくいじってるんだね」
「あ、まあそんな感じ」
「・・・ふうん」


さらにゲスなエスパーだけど、相談と称して真琴に連絡を寄越してるんじゃないの?カップを持つ手が震えている。コーヒーを口に含むと少しだけ落ち着いた。真琴は何やら文字を打ち込んでいる。どうせユキエ後輩に返事でもしているのだろう。送信したのか、真琴はそれをテーブルに置いて少し冷め始めたコーヒーに口をつけた。


「あちっ」


ねぇユキエ後輩知ってる?真琴は猫舌なんだよ。



ピロリンピロリンピロリン

スマホがテーブルの上で震える。一度で止まらなかったってことは、電話ですか。チラリとスマホを盗み見るとそこにはユキエちゃんと表示されていた。真琴は慌てて立ち上がって「もしもし」と電話に出た。そのままパタパタとスリッパを鳴らして別の部屋へ行ってしまった。その背中を見送って呟くのだ。「真琴の馬鹿」



椅子に三角座りで座っていると落ち着くのはわたしだけだろうか。しばらくするとスマホを耳から離した真琴がリビングに戻って来て言うのだ。「これからちょっと出かけてきてもいい?」後ろから声をかけられたけど、振り返ることはできない。なぜなら私は三角座りをしているから。


「真帆?」
「あーうん。そうなんだ。いってらっしゃい」


真琴がまたスリッパを鳴らす。行ってしまったか。まあそりゃそうだ。わたしがいってらっしゃいって言ったから。でもそれは違った。あの足音はリビングから出て行ったものではなく、わたしのもとへ来る足音だったんだ。


「どうかしたの?」
「何でも ない」
「・・・また三角座りしてる」


いつか真琴に言われたなぁ。わたしが三角座りをしているときは、落ち込んでいるときか、怒っているときだって。


「怒ってる?」
「いや、怒ってないよ」
「じゃあ落ち込んでる?」
「そんなこともない」
「そんなことある」


真琴はぐいっとわたしの肩を掴んで、わたしの顔をあげさせた。眉間に皺を寄せた真琴がわたしのことを見ていて、顔を逸らすことができない。


「・・・いかないで」
「え?」
「行かないで、真琴」
「・・・わかった。行かない」


真琴が優しい顔をする。優しい真琴だからユキエ後輩の相談にものってるんだよね?それ以外の、なんでもないよね。真琴が優しくなければ、こんな風にもやもやすることもなかったのかな。ああでも、真琴が優しくなかったら、わたしも真琴のことを好きにならなかったかもしれない。


「コーヒー、冷めちゃったね。淹れなおすよ」
「うん。ありがとう」


わたしは三角座りをやめて、カップに残っていたコーヒーを飲みほした。

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