彼は本社から出向してきた、エースだった男。


「ということで、本社からやってきた紫原くんだ」
「・・・(ばりばりぼりぼりもぐもぐ)」
「紫原くん」
「紫原敦です」
「・・・あとよろしく内田」
「わ、わたし!?ですか!?」
「うん、じゃ!」


課長はピッと右手を上げるとどこかへ消えて行った。


ここは商品開発課。とはいっても本社ではなく支社で、商品開発とは言っても地域の特産品を織り込んだお菓子を開発するだけで、本社みたく全国展開させてる商品を開発するわけではない。本社と比べたらずいぶんと立場が弱い。そこに本社からやってきた男。名前はよく知っている。商品開発課のエースと呼ばれていた男だ。彼が作ったお菓子たちはどれもこれもヒットし、人気商品となり、うちの会社の看板商品になったりしている。そんんなすごい男が、なぜこんなところに。


「・・・よろしく内田ちん」
「内田ちん?」
「うん」
「よ、よろしくね・・・」


もぐもぐと駄菓子を食べながら歩き回る彼を制止し、わたしは社の中を案内したり、仕事の大まかな流れを説明したりした。エースにそんなこと必要ないと思うけれど。一通りの説明が終わった後、「で、今日は何をするの?」とわたしに話しかけてきた。


「今日は夏に売り出そうと思う氷菓子の味についての会議があります」
「ふーん」


バリバリボリボリ


それって他社の駄菓子じゃないですか、紫原さん。
会議中もお菓子をバリバリボリボリと食べ続ける紫原さんは要所要所で呟き、それを発展させる。紫原さんの呟きを足していくとどんどん素敵な商品になって行く。新商品の案が10件溜まったところで会議は終わり、気づけば終業時間になっていた。今日は夜に紫原さんの歓迎会がある。一度家に戻ってから、行かなくちゃ。商品開発課を出るとき振り返ると、紫原さんはまだデスクに座り込んでいて、動こうとしなかった。そんな紫原さんに「帰る時間ですよー」と声をかけると、紫原さんは「はーい」と間延びした声を出した。本当に分かっているのだろうか。





歓迎会の始まる数分前に紫原さんは居酒屋に到着した。ゲストだから遅れてきても問題はないのだけれど、それって社会人としてどうなんだろう。紫原さんは意外と口数が少なく、そしてお酒が強かった。アルコールがはいってもあまり変わらない態度、そして開かない口に宴は盛り上がりに欠けてしまう。ゆえに二次会と言うものはなく、一次会で解散となってしまった。たまたま家の方向が紫原さんと一緒だったわたしは大通りでタクシーを待っている。口数の少ない、そして親しくない紫原さんと並んで立っているのはなんだか気まずくてわたしは頭の中でいろいろと話題を考えていた。そんな気まずい空間が「あのさー」と言う紫原さんの声で切り裂かれた。


「な、なんでしょう」
「どうして内田ちんはこの会社に入ったの?」
「内定がもらえたからです」
「ふーん」
「どうして紫原さんはこの会社に入ったんですか?」
「お菓子食べると幸せになれるじゃん」
「そうですね」
「好きな人をオレのお菓子で幸せにできたらすげーじゃん」
「・・・紫原さんって結婚してたんですか」
「えー?してないよー」
「あ、じゃあ彼女がいるとか」
「いないし」
「つまりさっき言ったことってなんなんですか」
「いつか好きな人ができたらって話」


ははぁ、なるほど。
アルコールが入ってふわふわしているわたしは、紫原さんの話すことがとても素敵に思えてきて、もしわたしが紫原さんの彼女だったらなんて思ってしまった。


「すてきですね」


可能性はゼロではないんだけれど、わたしはきっと紫原さんの彼女にはなれないんだろうなぁ。だって、こんな素敵なことを考えて就職した人が、ただ単に内定をもらったから就職したわたしを好きになるだなんて、信じられない。


「普通だと思うよ」


もうわたしは、恋に落ちてしまったのだけれど。

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