お嬢様育ちのわたしが、料理なんてできるはずがないのです。わたしシッターの家政婦のみなさんは、もともとは赤司家のお抱えメイドさん達。わたしの実家にいたメイドさんを連れて来たかったんだけど、赤司家に嫁ぐのだからとお父さんに却下された。わたしを甘やかすのは赤司家のメイドさんも、わたしの実家のメイドさんも同じで、わたしがキッチンに立とうものならすかさずやって来て「どうなさいましたか?」「わたくし達がすべていたしますので腰をかけていてください」と言ってやんわりとキッチンから出て行くように促す。掃除しようものなら「どこか汚れているところがございましたか?」「申し訳ございません。今すぐ奇麗にいたしますので」と言ってわたしから掃除機をさらっと取って行く。洗濯するときにどれくらい洗剤を入れたらいいのか分からないし、どうやって干せば皺がつきにくいかも分からない。このまま家政婦さん達にすべてをまかせっきりにしていたら、いつまでたってもわたしは家事ができないままだ。

そんなことが許されるのだろうか。
そんなことが、許されるんだろうな。

わたしが家事を全部できるようになってしまったら、家政婦さん達の仕事を奪うことになってしまう。そうしたら家政婦さん達は失職。雇用がなくなってしまうわけでありまして。でも、わたしも料理のひとつくらいできるようになりたいのだ。コーヒーの一杯くらい、淹れられるようになりたいのだ。

わたしを制止する家政婦さん達に「コーヒーが淹れられるようになりたいんだ」と言うと、家政婦さん達は目をキラキラさせて「奥様・・・!」と言った。うーんどういう意味かなそれは・・・。家政婦さんたちにコーヒーの淹れ方を一通り習う。家政婦さん達はいつもこんな風にしてコーヒーを淹れてくれていたのか。何気なく飲んでいたコーヒーだけど、手間がかかっているなんて知らなかったよ。


もうすぐ六時半。旦那様の帰ってくる時間。
今日は旦那様の誕生日で、いつもより気合の入った家政婦さん達の料理をテーブルに並べていると、ピンポーンとチャイムが鳴り、玄関まで行くと旦那様が鍵を開けて入ってきた。磨かれた皮靴を脱ぎながら「ただいま」と言い、わたしは「おかえりなさい」と返す。旦那様はコートをわたしに手渡しながら「今日はすごく寒かったよ」と言った。「雪が少し積もっていましたね」「みんな道端で転んでいたよ」「征十郎さんは転ばなかったんですか?」「ああ、平気だった」リビングに行き、豪勢な料理を見て旦那様はきょとんとした。


「旦那様、誕生日おめでとうございます」
「そうか、今日だったか」
「忘れてたんですか?」
「すっかり」


コートをクローゼットにしまいに行き、戻ってくると旦那様はスーツのままキッチンに立ち、スープを盛り付けていた。


「わ!わたしが!わたしがやります!征十郎さんは座っていてください」
「俺がするよ。真帆がするとこぼしそうだからね」
「うっ」
「後はスープだけだったんだろう?さあ食べようか」
「はい」


豪勢な料理の後に待ちかまえていた大きな生クリームケーキをテーブルに持って行く。わたしが包丁を持って行くと「危ないから俺が切るよ」と言われてしまった。そこは旦那様に任せておこう。わたしの本領発揮はここからだ!
キッチンに戻りヤカンを火にかけてお湯を沸かす。その間ゴリゴリと豆をひいてペーパーフィルターにセットした。布の方が美味しいらしいんだけど、わたしが器用じゃないからペーパーの方がやりやすいだろうと家政婦さんに言われた。コポコポと沸き、火を止めてしばらく置いてから注ぐ。いい香りがキッチンを満たした。カップをお盆にのせてゆっくりと歩いてリビングに向かうと「いい香りだね」と旦那様が笑った。


「もしかして真帆が淹れたのか?」
「えっと、はい」
「ありがとう。嬉しいよ」


旦那様が、わたしが今まで見た中で一番嬉しそうに笑うもんだから。


(家政婦さんに料理習ってみようかな)


なんて思ってしまうんだよ。

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