馬鹿みたいだなぁ

大きな交差点で、たくさんの人が行き交う中、わたしは立ち止ってひとりごちた。わたしの後ろから来た人は迷惑そうにわたしを避けて歩き、真正面に来た人は面倒くさそうな顔をしてわたしの横を通り過ぎて行った。


本当に、馬鹿みたいなんだ。
同じような髪の毛をした人を見かけると、つい目で追ってしまったり、すれ違う時、同じ柔軟剤の香りがしたら、振り返ってしまったり。言い出したらきりがないほど、わたしは自分自身を哀れに思ってしまうほど、遙を探している。

別れてから、毎日。

探しているわけではない。気づかないうちに探して しまって いるのだ。できることなら見つけたくないのに。見つけてしまったら、その背中に飛び込んでしまうから。泣いて叫んで、悪くないのに謝って、別れをなかったことにしたくなるから。きっと、たぶん、ぜったい。同じような髪の毛をした人を見かけただけで、あの香りがしただけで、わたしはなきそうなくらいだ。こんなに好きならどうして別れてしまったのかと思う。でも、別れてしまったから、こんなに好きだったのだと気づくことができたのかもしれない。


数え切れないほどの約束をした。約束をすると、遙は心底面倒くさそうな風を装っていたけど、その横顔が嬉しそうだったのを、わたしは覚えている。「ゆーびきりげんまんっ」と小指を結んだ時の、あの熱さだって覚えてる。顔を赤らめた遙が可愛くて、でもそれを口にできなかったことも覚えてる。山ほど覚えてることはあるけど、それと同じくらい、忘れてることもあるのかな。



だいすきだった あいしてた



叶えられていない約束の方が、叶えた約束に比べてはるかに多い。一番、叶えたかった約束は、もう一生、叶うことはないんだと、さよならの日に確信した。いや、約束も全部ぜんぶ、もう叶えられないんだなぁ。水族館に行こうね とか 月に一回デートしよう とか 食べ物の好き嫌いをなくそう とか 桜の季節には必ず花見に行こう とか すきをちゃんと言う とか ずっとそばにいよう とか。

もっと、色んなところへ行きたかったし、もっと、色んな事を喋りたかったし、もっと、ご飯を作ってあげたかったし、もっとデートしたかったし、もっと触れていたかったし、もっと知りたかった。もっと色んなところへ連れて行ってほしかったし、もっと色んなこと喋ってほしかったし、もっとデートしてほしかったし、もっと触れてほしかったし、もっと知ってほしかった。でももうそれぜんぶぜんぶぜんぶ、できなくって。ぜんぶぜんぶぜんぶ、ないことにしなくちゃいけなくって。そんなのできるわけないのに。わたしのこころはほとんどが遙で占められているのに。遙のこと、忘れられるわけがないのに。


先が見えないのは、涙のせい?それとも隣に遙がいなくなったせい?


それでも明日は来るし、先が見えなくても日は昇るし、遙以外の誰かを好きに慣れる気はしないけど、きっとまた誰かと出会うだろう。
今のわたしには遙しかいなくて、きっとこの間の遙だってわたししかいなかったはずだ。


それなのに、 それなのに、  それなのに。



遠く、人混みにまぎれた、つるんとした頭を眺めていたわたしは、上を向く。雲が多くなってきた。秋もすっかり暮れて、冬を連れてくる。こんな風にわたしの心も変わるのだろうか。女心と秋の空とか言うけど、わたしそんなに切り替え早くない。今のわたしは、立ってるのが精一杯だ。でも、いつか、もしわたしが遙じゃない誰かと、幸せになるのだとしたら、その時は


「遙に笑ってもらいたいなぁ」


笑って 良かったな と言ってほしい。わがままかもしれないけど。
最後に見た遙の顔が、悲しそうな顔だったから、なおさらそう思う。


わたしは歩きだす。
青だった信号も、もうすぐ赤に変わってしまう。



さようなら、

大好きだった日々よ、まだ胸が痛くなるくらい、愛しい人よ

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