一緒に住むようになって気がついたこと。真はお酒を飲まない。


小さな冷蔵庫を開けて、中から缶ビールを取り出す。この前わたしが飲んでから本数は全く変わっていない。缶ビールを飲むのはわたしだけだからだ。シンクの下にしまってある焼酎もウイスキーも、量は減っていない。真はお酒を飲まないから。付き合っているとき特別意識はしていなかったけど、ご飯を食べに行っても真はお酒を頼んでいなかった。焼き鳥食べに行ってもわたしはビールで、真はウーロン茶。「真帆が飲んでみっともなくなる前に俺が防がなくちゃだろ」とかなんとか言ってウーロン茶頼んでたなぁ。そんなことを思いながらパタンと冷蔵庫を閉めた。リビングへ行くと真が「おせぇよ」と言ってわたしをせかす。「ハイハイ」と言いながら椅子に腰をかけて「いただきます」と手を揃える。真もわたしと同じように「いただきます」と言って手を揃えた。プシュ、と言い音を立てて缶ビールの口を開ける。トトトトトとグラスに注ぐと美味しそうに泡が立った。


「ハイ、乾杯」


わたしはビール、真はいつも通りのウーロン茶。コン、とカップを合わせてゴクリと喉を鳴らしてビールを飲む。目の前には熱々のおでん。おでんを食べると言うのに真は日本酒もビールも焼酎も飲まない。結婚する前は気がつかなかったけど、わたしの疑惑はもう確信に変わってしまった。


真はきっと お酒が飲めない。
すごく弱いんだと思う。
バレンタインにチョコレートボンボンあげたとき顔赤くしてたけど、あれは照れたんじゃなくてブランデーに反応したからなんじゃないだろうか。


「真、家だからさ、わたしが醜態をさらすとか気にしなくていいんだよ」
「は?何の話だよ」
「だってホラ、外で飲んでわたしが酔っちゃって大変になったらさ、その時は真がアルコール入ってなかったら頼りがいあるけどさ、もう大丈夫だよ。お酒飲みなよ」
「いらねぇよ」
「おでんにビール最高だよ。ホラ、ぐいぐいっといっちゃいなさいよ」


自分のグラスを真に押し付ける。半ば強引に真にビールを飲ませることに成功した。真はなんだかんだわたしの押しには弱いのだと思ってる。真は眉間に深い皺を寄せてゴクリと飲んだ。「苦・・・」真が小さく言ったのをわたしは聞き逃さない。いつもにっがーいブラックコーヒー飲んでるくせに、これは聞き捨てならないぞ!


「ほらおでんも食べる!」


大根を食べやすい大きさに箸で割って、「はいあーん」と言いながら大根を真の口の前まで持って行く。真は口を開けてパクンと食べた。食べた!?いつもなら絶対「ふざけんなよ」とか言って絶対食べないのに。なにどうしちゃったの真。なんで今日そんなにイイコなの?どうしたの。


「うまい」
「そ、それはよかった」


無理やり飲ませたと言え、ビール飲んだのも意外だったし、あーんに応じてくれるのも意外だった。ホント、どうしちゃったの真。

それから真がビールを飲むことはなかった。もくもくとおでんを食べる。無言で。わたしは真の様子をうかがいながらビールを飲んでおでんを食べた。美味しい。寒くなってきたからやっぱりおでんは良いね。


「ごちそうさまでした」


わたしがそう言い食器を下げるために立ちあがる。すると真も同じように立ちあがった。食器をシンクに持って行くと真は何も持たずに後をついてくる。ちゃちゃっと洗おうと思ってスポンジを持ち洗剤を垂らす。その間もずっと真はわたしの後ろにいて何をするわけでもなくただただ立っていた。変な真。スポンジを泡だると真はわたしの肩に顔を乗せてわたしのお腹に手を回した。え?え??え???真?どうしちゃったの。え?あの真がわたしに甘えてるの?え?真なんか拾い食いでもしちゃったの?わたしの頭がクエスチョンマークでいっぱいになると、真はわたしの持っているスポンジに手を伸ばしてわたしの手を優しく握ってそのまま食器洗いを始めた。そんな二人羽織りみたいなことしなくても、わたしちゃんと食器洗えますよ。


「一人で食器洗えるよ」
「うん」
「真食器洗いたいの?」
「洗いたいわけねぇだろ」
「えーじゃあ何がしたいの」
「早く食器洗うの終わらせたい」
「わかったわかった。じゃあわたし一人で洗うからあっち行ってて」
「ヤダ」
「えぇぇ・・・」


結局二人羽織り状態で食器を洗い終える。真はわたしの肩に顔を乗せて、お腹に手を回して、そのまま歩く。いい加減重たいし、お腹くすぐったいんだけどなぁ。ソファの前に立ち止まり、座りたいんだけど後ろには真がぴったりくっついてるし、どうしたもんかと頭を悩ませていると、真がついに力尽きた。わたしの体からずるりと剥がれ落ちた。


「ちょ、大丈夫?」


床にべしゃと横になった真の顔をぺちぺちと叩くけど反応ナシ。こうなっちゃったのはやっぱり無理やり飲ませたビールが原因だったのかな。そうとしか思えない。大きな花宮の体を背負ってソファに寝かせる。さっきまで反応なかったのに真はわたしの手を引っ張った。そのままわたしは真の体の上に倒れこんでしまう。腰にがっちりと手を回されて、わたしは真の上から起き上がることができない。目が覚めたのかと思って真の顔を見るけどすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てていた。耳をぴったりと真の胸に当てる。トクトクという心臓の音が心地よかった。いつもよりもあったかいような気がする真の体温に、わたしは目を閉じる。


「たまにはこういうのも、悪くないかもね」

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テーマ「人外ファンタジー」
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