夏の終わりが近づいてきた。いつものように縁側に座って赤く染まる夕日を見ているとおばあちゃんちの電話が鳴り響き、わたしはのそりと立ち上がり受話器に耳をくっつけた。「もしもし」と言うと電話の向こう側から「真帆ちゃん居ますか?」という明るい声が聞こえて、「わたしですけど」と答えると、相手の人は「真帆ちゃんだったか!渚だよ。わかる?」と言った。ああ、この明るい声の持ち主は渚くんだったのか。「わかるよー」と答えると、渚くんは「電話越しだとやっぱり違って聞こえるね」と笑った。


「ね、今日岩鳶祭りの日だよ」
「うん、知ってる」
「えーなんで知ってるのに家にいるの〜?」
「だってほら、お祭りに一人で行くほど心強くないし」
「一緒に行こうよ!」
「渚くんと?」
「僕と、マコちゃんと、ハルちゃんと、凛ちゃん!」
「あ、みんな集まったの?」
「集まったと言うか集めたんだ!」


「だから真帆ちゃんもおいでよ」と渚くんは言って、「待ってるからね」と電話を切った。固定電話にわたし宛ての電話がくることが、なんだか懐かしくてむずかゆい。時計で時間を確認する。ふむ、まだ待ち合わせまで時間があるなぁ。お洒落しようかどうしようか考えているとおばあちゃんがタンスから見たことのある柄の浴衣を取り出してきた。


「おばあちゃん、これ昔お母さんが着てたやつ?」
「そうだよ。良く覚えてたね」
「うん。懐かしいね」
「夏祭りに行くんだろう?着て行ったらどう?」


おばあちゃんはそう言うとてきぱきと浴衣をわたしに着せて、ぎゅっと帯を縛った。うう、苦しい。わたしが「きつい」と言うとおばあちゃんは「これくらいきつくないと着崩れちゃうからね」と笑う。これじゃあ出店の焼きそばやわたあめやリンゴ飴が食べられそうにないよ。着つけが終わって、髪の毛もセットして、時計で時間を確認する。今出発すれば待ち合わせには余裕持ってつくことができそうだ。おばあちゃんにお礼を言って、玄関を出る。後ろから小学生くらいの子が走ってきて、わたしを追い越して行く。わたしがまだあれくらいのとき、四人とは毎日のように会っていて遊んでいたって言うのに、今年はまだ一回も四人と揃って遊んだことはない。大人になるにつれて、会える時間は減って行ってしまうものなのかなぁ。そんなの嫌だけど、嫌過ぎるけれど。お盆を過ぎてから日が沈むのが早くなってきている。待ち合わせ場所につくころにはあたりはすっかり暗くなっていた。わたしがカランと下駄を鳴らして立ち止まると、そのことに気がついたのか四人はわたしの姿を探して、そして見つけた。


「浴衣、着てきたんだな」
「うん、おばあちゃんが着せてくれた」
「うわぁ!とっても似合うよ!」
「馬子にも衣装って奴だな」
「孫ぉ?確かに真帆は孫か」
「ハルちゃんに凛ちゃん、真帆ちゃんに対してとっても失礼なこと言ってるよ?」
「渚・・・笑顔が怖いぞ」
「みんな普段着だね」
「誰も真帆が浴衣着てくるなんて思ってもなかったからさ」
「それもそうか」
「そろそろ行かないと花火見る場所なくなるぞ」
「焼きトウモロコシ買ってねぇ」
「わたしも焼きそば食べたい。あとリンゴ飴も、あーでもお好み焼きも捨てがたい」
「そんなに食べるとお腹壊すよ」
「大丈夫。渚くんがいるから」
「とりあえず、縁日見に行ってそれから花火の場所取りしに行こうよ!」
「そうだね」


みんなと並んで縁日を見る。マコちゃんは金魚すくいを見ながら切なそうな顔をする。ハルちゃんはサバの串焼きが売ってないか血眼で探しているし、渚くんは片っ端から食べている。凛ちゃんは焼きトウモロコシをすごいスピードで食べてる。こんな風に四人そろってお祭りに来れたことが嬉しい。小学瀬の頃に戻ったみたいで、すごく嬉しかったんだ。

バン!

背後から何かが弾けたような音が聞こえて、振り返るとそこには一輪の花火が咲いていた。しだれ桜のように枝を下ろして、花弁を散らせ、呆気なく消えてしまった。みんなの顔を見ると目をちかちかと輝かせて、空を見つめている。渚くんが「海!行こうよ!」と言って走り出した。つられてマコちゃん、凛ちゃん、ハルちゃんも走り出す。わたしも同じように走り出そうとしたが、浴衣を着て、下駄をはいているため、うまく走り出せない。立ち止まって、四人の背中を見送る。やっぱり四人とわたしにはどことなく距離がある。待ってと伸ばした手を引っ込めて、途方に暮れた。でも歩きださなくちゃ。慣れない下駄で一歩一歩と歩く。その間にも花火は上がって、大きな音を鳴らして咲いている。空を見ながら歩くと行く人行く人にぶつかってしまってその度に「すみません」と謝った。


「大丈夫?真帆ちゃん」
「・・・渚くん」
「ごめん、俺達先に行っちゃって」
「マコちゃん」
「迷子になったかと思っただろ」
「ハルちゃん」
「走れないなら最初からそう言えよ」
「・・・凛ちゃん」


ひとりぼっちになって、人とぶつかりすぎて、心が折れかけていたわたしを、四人は迎えに来てくれて、そして手を指しのばしてくれた。あーもう。なんて嬉しいんだ、なんて幸せ者なんだ。わたしは。四人に囲まれて、海岸を目指す。すでに浜は人でごった返していることだろう。それでもまぁ、いいか。座って見られなくても、立って見れば、いいよね。


「五人で見ないと意味ないんだから、真帆ちゃん迷子にならないでついてきてね」
「うん」
「疲れたり下駄はいてて痛くなったりしたらすぐ言うんだぞ?」
「うん」
「腹は減ってないか?」
「大丈夫だよ」
「無理すんなよ」
「ありがと」


また花火が上がる。さっきまでは儚く感じていた花火も、五人で見たらそんな風には見えない。なんだかすごく力強く感じられる。渚くんが「た〜まや〜」と言うと、マコちゃんは「か〜ぎや〜」と言った。真似てハルちゃんが「た〜まや〜」と言うと、意外にも凛ちゃんが「か〜ぎや〜」と言って、思わずわたしは凛ちゃんとハモってしまった。だって凛ちゃんが言うと思わなかったから、ハルちゃんがせっかくたまやって言ってくれたのに、かぎやって誰も言わなかったら寂しいじゃない。わたしと凛ちゃんがハモったのが面白かったのか、わたし以外の四人が楽しそうに笑って、つられてわたしも笑ってしまった。


わたし、岩鳶に帰って来れて、よかったよ。

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