初めて会った時の印象は「うさんくさいなぁ」と言う、今思い返せば失礼極まりないものだった。ただ彼の笑顔とか、彼の仕草とか、あまりにも整いすぎていて、裏があるようにしか感じられなかったのだ。出会ったきっかけなんて、何の変哲もないもので、わたしが欲しかった本を、わたしが買う寸でのところで、彼にさらりと取られてしまった。別に他の店で買えば良いと諦めていたわたしに、本当に申し訳なさそうに譲ろうとしてくる。

「すまない、横取りしたみたいで」
「いえ。他の本屋さん行ってみるので、気にしないでください」
「そういうわけにはいかないよ。君はこれが読みたかったんだろう?」
「そうですけど、そういうあなたも読みたいんでしょう」

律義なひとだな、と思わなかったわけじゃない。
だけどそれよりも、胡散臭いって気持ちが大きくて、わたしは心の中で、勝手に彼に線引きをした。それなのに彼は、わたしの心に一歩入ってこようとする。

「じゃあ、俺が読み終わったら君に貸すよ」
「え、」
「だってこの本、なかなかお店にないじゃないか。俺も探してようやく見つけたくらいだし」
「まぁ、そうですけど」
「だから読み終わったら君に。もしその本を手元に置きたいと言うなら、差し上げるよ」

そこまでしてもらう理由はないですよ。と、口から出かかったが、飲み込んだ。何を言っても言いくるめられそうだったから。溜息をつくように「わかりました」と返事をすると、彼は満足げに頷いて、めでたくわたしたちは、連絡先を交換したのだ。

彼の一挙手一投足が胡散臭くて、わたしをエスコートするように歩くことも、気遣うような指先も、伺い見るような視線も、気味が悪いものだった。それは彼が意図しているのか、それともわたしの感じ方が変なのかは分からないけれど、

つまり、わたしは最初、彼のことが嫌いだったのだ。



連絡先を交換してから二日位経った後、彼から連絡がきて、「読み終わったから会わないか」という誘いに、わたしは本を借りるだけだからと自分に言い聞かせて、嫌々ながら指定されたカフェに行く。付くとそこにはすでに何時間も前からいましたという空気を醸し出している彼が足を組んで、わたしが借りる予定の本を斜めに見ていた。マグカップに手をつけた彼はふっと視線を上げて、わたしを見つけた。ふんわりと微笑むと「こっちだよ」と口パクでわたしを呼ぶ。少しだけ早歩きをして彼のもとへ向かう。テーブルに置いてあったマグカップは殆ど空で、本当に彼がだいぶ前からこのお店にいたことを知った。もし、連絡が来た時に二人同時に家を出てお店に向かったのだとしたら、こんなに紅茶、減らないはずだ。

「お待たせしてすみません」
「いや、全然待ってないよ」

ほら、絶対そう言うと思った。全然待ってないって、どの口が言うんだろう。その口か。

「いかがでしたか、その本」
「うん。すごく面白かったよ」
「わぁ、楽しみです」

本当は、本を借りたらすぐに店を出たかったのだけれど、彼が「何にする?」とメニューを差し出しながら問いかけてくるから、わたしは首に巻いたストールを外して、椅子に座る。

「赤司さんは何を飲んでいたんですか?」
「ダージリンティだよ」
「そっか・・・。わたしは何にしよう」

メニュー見てもカタカナばかりでよくわからない。紅茶になんでこんなにたくさん種類があるんだろう。変に冒険をして恥をかきたくないわたしは、「じゃあ、同じのを」と呟く。彼は店員さんに合図を送ると「僕と同じものを、彼女に」と言った。ああ、本当に。

マグカップの傍らに置いてあったポットから紅茶を注ぐと、彼はマグカップに口をつけた。もう温くなっているのか、冷ます仕草も、熱がるそぶりも見せない。育ちの良さそうな雰囲気、整った顔立ち、繊細な指先。態度はいたって紳士的だ。こんな完璧を絵にかいたような人間が、いいひとなわけがない。

「真帆さんは、よくこういう本を読むのかい」

おっと、いきなり下の名前を呼ばれて、びっくりする。態度には出さないようにして「たまに」と辺り障りのないことを言って、「そういう赤司さんは?」と聞いた。彼の目を見ても口を見ても喉を見ても、何を考えてるのかさっぱり分からない。

「いや、実は滅多に読まないんだ」
「へぇ」

わたしが読みたかった本は、そんなにメジャーな作家が書いた本ではなく、言ってしまえば、読む人を選ぶようなものだ。滅多に読まない人間が、選んで読むような本には思えなくて、より一層、わたしは赤司征十郎という人物に対して警戒をする。

なんだ、この人。

「だけど気になる人が、この本を読みたがってたみたいで、俺がその人よりも先に読もうって、探してたんだ」
「そうなんですか」
「うん。その人よりも先に読むことができて、本当に良かったよ」

なんでそんな話を、わたしにしてくるのか。



もうこのままいっそ借りパクしてしまおうか。
そう思いたくなるほど、わたしは彼に会うのが辛くて、本を読み終わっても返すことができずに、ずっと鞄の中に入れっぱなしにしていた。連絡をしなくちゃいけない、頭ではわかっているのに、気が進まない。彼から連絡が来ることもなかったから、嫌な事はついつい先延ばしにするわたしの悪い癖が出てしまう。彼から連絡が来たのなら、わたしも意を決して顔を合わせる気になるのに。

って、いつまでたっても逃げてちゃだめだよなぁ。

かさかさかさ。
キャンパスの中を歩くと、いたるところに植わってる木から枯れ葉が散って、わたしの足元をじゃれつくように吹きぬけて行く。寒い。ウィンドブレーカーのポケットに手を突っ込んで、顔をストールに埋める。

「赤司くん待ってー」

遠くで、聞いたことある名前が、呼ばれていた。

「あかし、くん?」

まさかと思って振り返る。

「あ、真帆さん」

わたし、聞いてない。同じ大学だったなんて、わたし、聞いてないよ。

「あれ?どうかした?」

胡散臭い、その、貼りついたような笑顔。

「授業何時から?」

わたしがここの大学生だってことは、もう前から知ってました、みたいな口調で。背筋がぞわりとする。



気になる人が、読みたがっていた本。
読む人を選ぶ、マイナーな作家。

何かが、繋がっていく。


「真帆さん?」
彼の言葉がわたしの頭上でぐるぐるしてる。ああ、本当に。

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