泣きすぎて良く分からない。飲み過ぎて気だるい。意識ははっきりしているのに、頭が回らないから自分が何を喋っているのか何を考えているのか、自分自身のことなのにはっきりしない。

ははは、笑える。

別れた男から連絡がきた。しかも「結婚します」とか言うわたしにとって何のメリットもないようなもの。はいはい、わたしはアンタと別れてから彼氏できてませんよ。よーく簡単に彼女作るよね。対して好きではなかったはずなのに、なかなか前に進めないわたしと、同じような時を過ごしていると勝手に、本当に勝手に、思っていた。そんなはずないのに。

わたしは自分の傷を抉るのも塩を塗り込むのも嫌いなのに、別れた男のことを探って、そしてまた深い傷を負うんだ。奴のSNSを片っ端から身尽くして、相手の女の子のことも把握しちゃって。なんて馬鹿な事を。別れたことを後悔したことなんて一度もない、なんて言ったら嘘になるけど、こうなるしかなかったと、わたしは諦めて、納得していたから。忘れていたのに。そんな連絡が来るもんだから。

お酒があってよかった。思考回路ぐちゃぐちゃになることが、気持ちが良いんだ。馴染みのバルで、カウンターの一番端っこ、目立たない席で一人やけ酒をする。マスターが時折心配そうな顔してお酒を注いでくれる。「お酒に走るのも分かるけど、気をつけてね」なんて、優しいことを言いながら。お酒に走るしか、ないじゃないですか。こんな時。じゃないと、わたし、立っていられない。

「・・・飲みすぎ」
「むらさきばら、なんでここに?」
「マスターに呼ばれた」
「ますたーめ」

ここのバルでたまに顔を合わせる知人の紫原がひょっこりと顔を出した。わたしの隣の席に腰をかけると甘ったるいお酒をマスターに注文する。

「しかも泣きすぎ。今の内田めっちゃ不細工だし」
「うるさいなぁ」
「どれくらい飲んだの」
「え、わかんない。多分ボトル一本開けた」
「絶対明日二日酔いになるよ」
「あはは、かもね」

でもそっちの方が好都合だった。頭痛くて気持ち悪くて、そんなことがわたしを満たしたら、他のこと考えなくて済むでしょ。

たかが、昔の男が結婚した。それだけのはずなのに。

「今日は、夜が長いね」
「詩人?」
「そう思っただけ。はい、じゃー紫原とわたしの再会を祝して、カンパーイ」
「絡み酒ウザ」

がちゃん、と大げさにグラスを合わせると、紫原は大げさに嫌そうな顔をした。

「で、なにがあったの?」
「なんでもいいじゃん」
「気になる」
「・・・紫原が何かに興味を示すなんて珍しいね」
「馬鹿にしてるし」
「してないしてない」

だって普段、何事にも無頓着で、特に欲とかもなさそうなのに、わたしがボロボロに泣いてたことが気になるなんて、そんなの珍しいに決まってる。わたしが驚いたことが気にくわないのか、紫原はツンとした顔で正面を向いた。

「紫原はさー、頭痛くなるくらいに泣いたことある?」
「・・・どうだったかな」
「今日はそんな気分だったの」
「ふぅん」

もう正直涙は出尽くした。ただお酒を飲めば、どこにそんな水分残ってたんだって言いたくなるくらいに、ぽろぽろと涙が溢れて来るものだから。クイ、とお酒を煽って、また泣いた。

「ねー、どうしたら泣きやんでくれるの?」
「今日は泣きたい気分なんだって」
「隣で泣かれたら気が滅入るんだけど」
「じゃあ遠くの席行けばいいじゃん」
「・・・分からずや」

空になったグラスを見かねたマスターが、助け船を出す。

「真帆チャンに泣かれると、紫原くんの気が滅入るんだって」
「ど、どういう?」

マスターと紫原の顔を交互に見る。でもその真意は良く読み取れなくて、それが、泣きすぎて頭が回らないからなのか、飲み過ぎて思考回路がぐちゃぐちゃになっているからなのか。

「・・・飲めば?」
「・・・いただきます」
「それ飲み終わったら、出よ」
「どこいくの?」

そう言うと、紫原くんは柄にもなく、その大きな手のひらでわたしの頭をぐしゃぐしゃになるくらいに撫でて、「どこでもいいじゃん」と、見たことない顔で、笑った。

「だって今日の夜は、長いんでしょ?」

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