わたしの方が年上なのに。

隣で少し強いお酒を煽る兼定。身長も高くて、顔も、良くて。口にすることは子供っぽいのに、考えていることはちゃんと、大人で。

そりゃそうか。お酒が飲める年齢なんだ。いつまでも子供なわけじゃない。

精神崩壊しそう。ああ、疲れた。

テーブルに頬杖をして、目の前に並ぶボトルを見る。ワイングラスがシャンデリアみたいに輝いている。誰にも気づかれないように溜息をついて、瞳を閉じた。

「で、こんなとこに俺を呼び出してどうしたんだ?」
「うーん。どうもしてない」

ただ単に生きることに疲れてしまったのだ。上司に愛想笑いするのも、お客さんに良い顔するのも、同僚に気を使うのも、生きるために、働くことも。いつも疲れてる。疲れてない日なんてない。上手くガス抜きしなくちゃ、しんどくなるだけだって分かってるのに。わたしは昔からそれができずにいた。そんなときに呼び出すのはいつも兼定。だから「どうした?」ってわたしに聞いたところで、分かっているはずなのに。

「彼氏に振られたか?」
「彼氏いないし」
「まだ作ってなかったのか」
「うるさいよ」
「上司にセクハラでもされたか?」
「セクハラ発言はあるけど、人事に相談するほどじゃない」
「太って結婚式に来て行くドレスが入らなくなったか」
「ワンピースだから大丈夫」

それじゃあなんだ、と兼定はわたしの顔を覗き込んだ。青みがかった瞳が奇麗。そうやって見つめられると、胸が一杯になって決壊しそうになる。

心の中で誰かに悪態吐くのももう嫌だ。安らかに過ごしたいのにそうはいかない。生きていることがストレスで、もうこれはどうにもならないよ。誰かに縋りつくようなみっともない女にはなりたくない。でも、どうして、

「かねさだ」
「なんだ」
「かねさだ」
「おう」

ぼろぼろぼろ。
涙もろくなったのはわたしが年を取ったからなのか、アルコールのせいなのか。名前を呼びながら急に泣き出したわたしを前に、兼定は焦った顔して奇麗に畳まれたハンカチを、わたしの目に押し付けた。

「マスカラつくよ」
「そしたら洗って返せ」
「ううん、新しいの買う」
「いい」
「よくない」
「いいって言ってんだろ」
「兼定は優しいなぁ」

バーのカウンターで、何やってんだ、わたし。兼定も兼定で、わたしが煮詰まった時に相手してくれてるんだから、そんなに焦らなくてもいいのに。
兼定は正面を向いて、またお酒を煽った。すぐに泣きやんで借りたハンカチを鞄に仕舞うと、ぐしゃぐしゃと髪の毛がしわしわになるほど、兼定に撫ぜられる。

「わたしの方が、年上なのに」
「俺の方が大きいからな」
「あーあ、わたしばっか弱み見せてる気がする」
「どうだ、スッキリしたか?」
「した、けど」
「ん。じゃあ帰るか」
「え、もう?兼定明日大学なの?」
「午後から」

学生を遅い時間まで振りまわしたらだめだよね。わたしはカウンターで兼定の分も一緒に支払うと、「俺が出す」なんて言うもんだから、「学生に払わすわけにはいかないよ、おねーさんに任せなさい」と断った。不満げな顔するところを見ると、やっぱりまだ子供だなぁなんて思う。外へ出ればすっかり夜も更けていた。まだ10時にもなっていないが、人の姿は少ない。ついこの間まで夏だったはずが夜は寒い。冷えた指先を温めるためにジャケットのポケットに手を入れる。歩幅の広い兼定に会わせるために小走りみたくなると、兼定は急に立ち止まった。

「真帆はまだ俺のことを子供扱いするんだな」
「え、」

振り返って兼定を見澄ます。
わたしよりもずっと背が高くなった。手も大きくなったし、きっと力だって強くなっただろう。それでもわたしの中の兼定は、兼定で。

「いつまで、子供でいればいいんだよ」

だって、兼定は。

「ばーか。帰るぞ」
「兼定」

だって兼定は。

「わたしのこと好きなの?」
「はっ!?!?」
「え、違うの?」

わたしの幼馴染で、だけど年下で、歴代の彼女知ってる関係で。

「違わねぇけど、」
「わたしも好きだよ」

そう言ったら、「うるさい」と一言漏らして、兼定はしゃがみこんだ。
わたしの言ってる好きが、兼定が思っている好きと同じかは分からない。

「あ〜、、かっこわり」
「かっこよくなったよ」

小さい時から知ってる。わたしの方が背が高いときだってあった。

「帰ろう」

しゃがみこんだ兼定に向かって手を伸ばす。その手を借りて立ち上がり、「小さいころ見たいだね」と歩きだすと、わたしの半歩後ろをついてくるように、兼定も歩いた。

「待ってろよ、すぐ大人になるから」
「焦らなくても逃げないよ」

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テーマ「人外ファンタジー」
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