仕事、クビになった。 うん。業績やばいし、人件費削減しなきゃっての、わかってたし、わたし新人だったし、しかたないの、わかる。うん。仕事というのは、なかなか難しい。何度職を転々としたことか。 ぼちゃん 河原に座って、そばにあった石ころを川に向かって投げる。こんなとこにいないで、さっさとハロワに行って次の仕事探さなくちゃ。わかってるけど、自分に何ができるか検討つかないし、何がしたいかも全然思いつかない。しんどい。 ぼちゃん 事務もやった、接客業もやった、工場もやった。じゃあ次は?わたしに一体何が務まるんだろう。得意なことが何一つない、平々凡々なわたしに、何ができるんだろう。 ぼちゃん びゅう、と風が吹く。握りしめた離職票が強い風に飛ばされてしまった。 「わっ、」 手を伸ばすが間に合わず、離職票は川の真ん中に、ひらりと落ちてしまった。大事な離職票。これがなきゃ、ハロワに行けない。手続きできない。でも今は冬。わたしに川の真ん中まで泳いでいける自信はない。風邪引くどころか寒さで死にそう。 「どうしたの?」 離職票を取り戻す方法を必死になって考えていたら、誰かが隣に立ったことにまったく気がつかなかった。 「川に、大切なものを落としてしまって」 その人は野球のユニフォームを身につけ、バットを担いでいた。 「あぁ、あの真ん中に浮かんでるヤツ?!」 「うん、」 「ちょっと待っててー!」 彼はバットをカラン、と放り投げると、助走をつけて、「ヒャッホオオオオオオウ!」と、なんの躊躇もなく川へ飛び込んだ。そしてバッシャバッシャとバタフライであっという間に川の真ん中まで行くと、わたしの離職票を手にして、またバッシャバッシャと泳いでこちらまで帰ってきた。 ずぶ濡れな彼は、「これで良いの?!」とわたしにその離職票を手渡してくれたが、水で文字が滲んでしまい、もうすでに役にはたたなそうだった。「そう、これが大切だったの」本当に大切だとは思えないけれど。 「そんなに大切なんだ!なになに?ラブレター?!」 「ラブレターって…そんなんじゃないよ」 「エー…」 「どうもありがとう」 「どういたしま…くしゅん!」 彼は盛大なくしゃみをして、鼻水を垂らした。女子力のないわたしはティッシュもハンカチも持ち合わせてなくて、オロオロしていると、彼は「そのラブレター、あげないなら僕がもらって良い?」と言い、わたしの手から離職票を取ると、湿ったそれでチーン!と鼻をかんだ。…離職票、再発行してもらおう。 「ありがと!」 「いえ…」 彼は離職票だったものをぐちゃぐちゃにまとめて、「今度はちゃんとラブレター書いてね!」と笑った。 「だからそんなんじゃないよ」 「あて名は松野十四松で!なんちゃって!!」 「まつの…?」 「僕の名前!言ってなかったっけ?」 「聞いてないよ」 「じゃあ今言った!」 「うん、覚えた」 「それじゃあね、真帆ちゃん」 「え、なんでわたしの名前」 「さっきのラブレターに書いてあったよ」 あぁ、確かに、自分で名前書いたところあったな。そこ消えなかったんだ。不思議。ただのボールペンのインクなのに。 「ここにくれば、また十四松くんに会えるよね?」 「会えるよー!」 「そのときまた、ちゃんとお礼する」 「エッ!良いのに!」 「良くないよ」 「大丈夫だ…ぶえくしゅん!」 「お礼は今度するから、今日はお家帰って、お風呂入って」 「じゃ、銭湯寄ってかーえろ!」 「銭湯?」 「うん!近くにめっちゃいい銭湯あるんだよ!知らないの?」 「知らない」 「じゃ、一緒に行く?」 「十四松くん、着替えとかは?」 「お風呂入ってる間に渇くっしょ!」 わたしの手を引いてはいないのに、彼が「行こう行こう!」と言うと、何か強い力に引っ張られているような気持ちになる。不思議だね。 |