わたしには苦手な先輩がいる。同期で入った子はみんなわたしのことを羨ましがっているけど、あの先輩の下で働くのは正直しんどい。まず怖い。背が高くて威圧感がある。怒るとき尋常じゃないくらい怖い。家帰ってこっそり泣いちゃったくらい怖い。そしてよからぬ噂を聞いてしまったのだ。 あの先輩の下についた人は、必ず自主退社に追い込まれる。 本当かどうかは確かめようがないけれど、あの怖さだ、もしかしたら噂は真実なのかもしれない。

配属された日からわたしはミスをしないように細心の注意を払って仕事をした。分からないことがあったら必死に勉強して、先輩に聞かなくても済むように努力した。

でもそれが間違いだった。

配属された一日目、部長に言われていたのに。
「わからないことがあれば今泉に聞け」って、最初に言われていたのに。
怒られることが怖くて、先輩と関わることが怖かったわたしは、先輩と関わることを避けてしまっていた。


「なんで俺に聞かなかったんだ」


わたしは頭を下げ続けている。わたしが確認するのを怠ったから、わたしが先輩に聞かなかったから。


「すみません」


さっきから自分のつま先しか見えていない。頭を下げ続けているんだからそれは当たり前だ。顔を上げることが怖い。先輩の顔、見れない。きっとすごい形相で、眉間に皺寄せているに違いない。


「自分が、どこで何を間違えたか分かっているのか?」
「・・・その、」


思い当たる節が多すぎて、何も言えなかった。
取引先に送る添付ファイルを間違ってしまったことが一番大きなことだと思う。ちゃんと確認しなかったのが悪いし、BCCに先輩入れ忘れたのも悪い。


「取引先に謝罪に行くぞ」


先輩はそれだけを言うとネクタイをきゅっと上まであげて、立ち上がった。わたしがポカーンとした顔をしていると「お前のミスは俺のミスだ」と言って、鞄を持ってさっさと歩きだしてしまう。わたしもすぐさま鞄を持って、先輩の後に続いた。小走りで先輩に追いつくと、先輩はわたしのことを見ずに言う。「俺はそんなに頼りないか?」


「いえ!そういうわけではなく」
「じゃあなんで俺に聞いて来ない」
「それは、その」


先輩が怖いから なんて言えるはずがなく、わたしは口を濁してしまう。そうすると先輩は眉間に寄った皺を伸ばすように人差指でぐーっと眉間を押す。


「わかってるんだ、これがいけないんだろ?」
「えっと」
「顔が怖いって言われたことがあってな」
「・・・ソウナンデスカ」
「もともとこういう目つきなんだ、仕方ないだろ」
「ソウナンデスカ」
「別に怒ってるわけじゃねぇのに」
「・・・怒ってない、んですか?」
「さっきまで怒ってたけどな」
「ヒッ!」


わたしの頬がひきつると先輩は「今はもう怒ってない」と、口元を緩めた。そんな優しい顔するんだ。


「今回の内田のミスは日ごろのコミュニケーション不足から来てるものだと思う。俺のことが怖いって思ってるかもしれないけど、怒ってるわけじゃないから」
「本当ですか?」
「怒るときは怒るけど、年がら年中怒ってたら疲れるだろ」
「そうですよね・・・」
「とにかく今は謝りに行くぞ」
「はい」
「段々仕事に慣れてきてだれてくる頃だと思うけど、気をつけろよ」
「はい」
「分からないことがあったらすぐに俺に聞くこと」
「ハイ!」


まともに目を見て話したの、多分初めて会って挨拶した時以来だ。怖い怖いって思ってたけど、なるほど、今泉先輩はイケメンだ。

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