もうやだ。仕事辞めたい。

デスクで資料読むふりをして、涙を堪えた。髪の毛がカーテンのように垂れてわたしの顔を隠してくれている。もう何度思ったことだろう。こんな会社やめてやる。人にせいにばっかりする最低な上司と、人の成果を横取りする先輩と、口を開けば悪口しか言わない同僚。

わたし頑張ってる。この資料だってわたしのミスじゃない。上司に確認を取ってちゃんと作ったものだった。明日の会議で配るものだから早く直せって、この資料作ったの一週間前なんですけど。なんで目を通してないんだ。

イライラが募って心臓が爆発しそうだ。涙が溢れ落ちそうになった時、髪の毛で覆われた視界の間から缶コーヒーが見えた。あの細い、骨ばった手の持ち主をわたしは知ってる。顔を上げて「荒北、せんぱい」とその人の名前を呼ぶと「なんて顔してんノォ」と言われた。


既に退社時刻になり、残業時間に突入していたらしい。全く気がつかなかった。デスクに座り込んで仕事をしていたのはわたしだけで、周りには人っ子ひとりいない。そう言えばお腹もすいているような気がする。昼も抜いてこの資料にかじりついていたからだ。こういうときはお腹が空いたような気がするだけで結局何も口にできないんだ。


「せんぱい」


ああ、もうだめだ。そう思った途端、涙がぼろぼろとこぼれた。我慢してたものが全部外れてしまった。誰もいなくなったオフィスで、先輩目の前にして泣きじゃくった。


「もういやですーもうがんばれないですー」
「ウン」
「わたしがんばってるのに、がんばってるのにー」
「わかるヨ」
「どうして どうして」
「ウンウン」


骨ばった先輩の手が、わたしの頭を撫でる。子供みたいに泣きじゃくるわたしに辟易するわけでもなく、壊れたラジオみたいに同じことを繰り返し言ってるわたしに困惑するわけでもなく、先輩はわたしの頭を撫で続けた。


「わたしが むのうなのが いちばんだめだと おもうんです、けど」
「ウン」
「せんぱい」
「何?」
「ほめてください」


わたしは褒められたかったんだ。褒められたら仕事頑張れると思うんだ。やめたくてやめたくて仕方ないこの会社でも、やっていけると思うんだ。


「頑張ってるよ、オマエ。ちゃんと俺分かってっカラ」
「せ゛ん゛は゜い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛」


もう頑張れない、頑張れないって思うのに。


先輩のスーツ裾に、瞼押しつけて、また泣いた。


「わたし、せんぱいがいてくれてよかった」
「ソォ?」
「うん」
「ホラ、付き合うからさっさと資料片付けンぞ」
「手伝ってくれるんですか!?」
「現金な奴ゥ」
「ありがとうございます!」
「ハイハイ、じゃあ今度お酒奢ってネ」
「後輩に奢らせるんですかー?」
「っせ、そんなこと言うと手伝ンねェぞ」
「わ!わ!!」
「ジョーダン」


あ、やばいかも、コレ。


先輩の笑った顔を見たら、心臓なんだか、あったかくなった。

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