東洋の女を買った。


「掃除がなってない、やり直せ」
「ご、ごめんなさい」


ハァ と大げさに溜息を吐くと女は目に涙をためてもう一度はじめから掃除をやり直し始めた。泣いてほしいわけではないけど、この女はすぐに泣きそうになる節がある。取って食いやしないのに。ちょこまかと動きまわる女を見て、この女を買った時のことを思い出した。



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何の用事だったか、隠れて行った地下街で女が売り買いされていた。高値がつくのは美人な女、スタイルのいい女、珍しい血統だった。その中でも一際珍しい血統、東洋の女。あの時の俺は馬鹿だったに違いない。俺と同じような髪の色をしているくせに、俺とは全く違う姿かたちをしていた女に、目を奪われていた。美人かどうかと聞かれたら迷うことなく「美人ではない」と答える。鼻も高くない、スタイルがいいわけでもない。この女のどこに惹かれて買おうかと思うのか。不思議で仕方がなかった。不思議で仕方がなかったのに、高すぎて手がつけられないと思っていたのに、俺は落札していた。自分が誰のもとへ行くのか決まった時、両手足を縛られて絶望した顔を、もう見たくないと思う。買った女を家へ連れて帰る。女が身にまとっていた服は汚れていたため道中で新しい服を何着か買った。家へ着くなり女を風呂に入れ、買った服を出しておいてやる。その間に女が寝る場所を整えたり、きっと腹が空いているだろうから飯の準備もしてやった。ほかほかと顔を赤くして風呂から出てきた女に別に欲情はしなかった。買った服が似合ってなくて少しだけ苦笑いすると女も安心したのか、変な笑顔を俺に見せた。

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「ど、どうですか・・・」


女が拭きなおした窓にツツと指を這わせる。視線を窓から女へ向けると、女は不安そうな顔で俺を見てきた。そんな顔することないのに。


「悪くない」
「ああありがとうございます!」
「腹が空いた」
「今!今準備します!」
「あぁ」


ぱたぱたとキッチンへ走って行く女を見送る。掃除はヘタクソな癖に料理はできる。女の手料理を食べたときに「買ったのは間違いではなかった」と実感した。今でも。椅子に座って頬杖をついて目を閉じる。



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「あの、服、ありがとうございます」「あぁ」「それで、その」「なんだ」「わ、わたし、あの、その」「言ってみろ」「家に、帰りたい、です」

東洋人はもうほとんどいないと聞く。壁の外に行けばまだいるのかもしれない、が、壁の中にいる東洋人はミカサが最後だと聞いていた。この東洋の女は一体どこから来たのだろう。言葉がところどころ鈍っているのか、俺の知らない言葉を使っているのか、たまに聞きとることができない。女は俺が買ってやった服の裾をきゅっと握りしめて、だんだんと泣きそうな顔になって行く。この女を買ったのが俺で良かったと、俺自身が思った。

「家はどこだ」「分かりません」「家族は」「ずっと一人でした」「帰っても一人なのに、帰るのか?」

俺が言うと女はまた絶望の淵に立ったような顔をして、膝から崩れ落ちた。
「でも、でも、わたしはあなたに買われたから」「だからなんだ」「きっと性交渉と言うものをしなければならなくて、その、わたしはそういうことをしたことがなくて」「俺は別にお前とそういうことをしたいわけじゃない」
ぽかーんと口を開けて閉じることのない女の顔を見て、昔本で読んだ魚の絵を思い出した。海にいると言われている生き物。何か栓でも外れたのか、女はその場でわんわんと泣き始めて、あろうことか垂れる涙を俺が買ってやった服で拭っていた。
「帰るところがないんだろう」「あ、ありません」「じゃあここにいろ」「はい!」
俺にはセックスをする気がない。と言うことを理解したのか女は安心したようだった。いつまでたっても泣きやむ気配がない女を抱きしめたとき、セックスする気がないって言うのは将来的に嘘になるかもしれないと、予感した。

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「リヴァイさん」


ドアからひょこっと顔を出しながら女が俺を呼ぶ。頬杖を止めて手を組み返事をした。


「なんだ」
「手伝ってくださいよー」
「偉そうな口を叩くな。タダ飯食らいが」
「い、一生懸命掃除してますよ!料理だって!」
「どっちも俺がやった方が早く済む」
「じゃ、じゃあリヴァイさんがやればいいじゃないですか」
「・・・・・・・・」
「ごめんなさいなんでもないです」


ガタリと立ち上がり女の横に立つと、女は涙目から一変、驚いた顔をして俺を見てくる。身長差があまりないから上目遣いというものにはならなかったが、ぐっとくるものはあった。


「何を手伝えばいいんだ?美緒」
「ええええ!!?」
「俺の気が変わらないうちに早くしろ」
「ありがとうございます!」


もう今じゃ絶望した顔をしなくなった女の嬉しそうな顔を見て、ああ、やっぱりセックスする気がないって言うのは嘘になったな、と胸が少し痛くなった。

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