雪が解けて、春がやってきた。女はさっきから窓にはりついて外を眺めていた。しばらくすると俺の方を振り返って「あまり覚えてないんですけど、サクラって花、ありますか?」と聞いてきた。紅茶をすすって一瞬考える。「いや、聞いたことはないな」首を振って答えると女は一瞬肩をすぼめて、残念そうな顔をした。


「もうずっと昔に見たきりだから曖昧なんですけどね、桜は薄いピンク色の小さな花なんです。木々いっぱいに咲いて、すごく綺麗なんですよ」


そう言われ想像を巡らせてサクラという花を想像する。草花の類じゃなくて、木に咲くらしい。木に咲く花なんて珍しくはないけれど、見たことがないものを想像するのは難しい。木いっぱいに咲くってどういうことなんだ?


「描いてみろ」
「ええ?!わたし絵下手なんですけど!!」
「想像できない」
「仕方ないですね…」


女は紙とペンを持ってきて俺の目の前に座る。女がペンでまず木の幹の部分を書き、その上に綿のようなものが乗っかっている絵を描いた。絵が下手だというのは本当のことなのだと、俺は確信する。本当に下手くそだ。


「で、この綿みたいなやつが花の部分なんだな?」
「その通りです!薄いピンクで、風になびくとザワザワって音がしてパラパラーって散って行って、すごく儚いんです」
「わかりにくい」
「そうですよね…すみません」


女が見ているものを、俺は見ることができない。同じ時間を共有したって、全てが一つになるわけじゃないんだ。同じものが見られたら、きっと女に寂しそうな顔をさせなくても済むのかもしれない。ずず、ともう一口紅茶を飲む。暖かくなってきたからなのか、紅茶が冷めにくくなってきたように思える。まだ熱の残る紅茶に砂糖を落としてもう一口飲んだ。


「でもまあ、綺麗なんだろうな」
「そうなんです!とても綺麗だったんです!」
「今度壁外行ったら探してきてやるよ」
「もう散っちゃうから」
「どういうことだ?」
「サクラはすぐに散っちゃうんです」


女はより一層寂しそうな顔をして、机に突っ伏した。おでこをゴリゴリと机に押し付けてう〜と唸っている。紅茶を飲み切りカタンとソーサーに乗せると、女は唸るのをやめた。


「わたしの記憶にある桜を、リヴァイさんに見せられたらいいのに」


できもしないことを独り言のように言って、またペンをとった。今度はサクラの花だけを描くらしい。

何か一つをわかり合うことがこんなにも難しいなんて、俺は知らなかった。

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テーマ「人外ファンタジー」
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