結局あの後どこにでもあるファミレスに行ってご飯を食べて帰った。財布を出してわたしの分まで払おうとする徹を止めて、わたしがお金を払った。年下に奢られるって気分悪いから。徹は最初からわたしが奢ると思っていたようで、すごく嬉しそうな顔をしていて、少しだけ笑った。見た目はすごく大人っぽいのに、中身はまだまだ子供なんだね。


そして明くる土曜日。何の予定もないわたしは買い溜めして読まずにいた漫画をずっと読み漁っていた。仕事を持ち帰らなくても済むように仕事はこなしているから、休みの日は体を休ませることに専念している。あと数ページで漫画が読み終わる頃、唐突にわたしの携帯電話が鳴った。仕事で呼び出されることはない。横になって漫画を読んでいたわたしはノソリと起き上がり、携帯を取った。


「・・・徹」


溜息をついてから電話に出る。


「オネーサン」
「何の用?」
「明日暇?」
「・・・暇じゃない」
「あ、間があったー」
「それで、何の用?」
「デートしよ!」


何言ってんだコイツ、と思いながら黙ってしまう。
生まれてこの方、デートをしたことがない。多分友達と遊びに行くような格好じゃなくて、もっと女の子らしい格好しなくちゃいけないんだと思うし、あいにくそんな服は持っていない。言い換えてみれば、徹とデートに着て行く服がない、だ。だからデートのお誘いに乗れないわけではない。ただ単にデートに行く気が起きないだけ。


「しない」
「いいじゃん、しようよ〜」
「しないよ」
「さては!デートに着て行く服がないんでショ!」
「・・・そんなことない」
「また間があったー」
「気のせいだよ」
「明日のデートでオネーサンの服を俺が選ぶよ!」
「デートはなし」
「楽しみだな〜」


本当にデートに行く気がないのなら電話を切ってしまえばいいのに。そう思うのに、電話を切ることができないわたしは、心のどこかでは徹とデートをしたがっているのかもしれない。電話の向こう側で嬉しそうにしている徹のことが簡単に想像できた。わたしは徹と電話をしながら立ち上がり、そっとクローゼットを開けた。


「じゃあ明日10時に駅前集合!」
「行かないよ」
「待ってるからね〜」


開いたクローゼットから服を取り出して、明日何着て行こう、なんて考えてしまう。まんざらでもない様子な自分が、慣れなかった。









10時前に着くように家を出たが、途中で携帯を忘れてしまったことを思い出していったん家へ引き返した。思わぬロスタイムに少しだけ気持ちが焦る。わたしが駅についたのは10時半を過ぎてからだった。駅前につくとすでに徹が待っていて、小走りで駆け寄る。わたしの姿に気がついた徹はとびきりの笑顔になって言った、「来てくれないかと思った」わたしが散々昨日「デートはなし」とかデートに対して前向きじゃなかったからだろうか、わたしが来ないんじゃないかと思ってしまったんだろう。


「来ちゃった」
「うん」
「デートするんでしょ」
「うん」
「どこ行くの」
「この間おっきいショッピングモールできたじゃん、そこ行こ」
「うん」


歩き出す徹の後ろで改めて徹を見る。私服の徹を見るのは初めてだった。制服を着ていれば学生なんだなってわかるけど、私服になっちゃえばわかんないね。徹は大人びて見えるし、背も高いから、実年齢の何歳か年上に見られるだろう。そんな隣に立っているわたしは、どう見られているんだろう。


「ワンピース、可愛いね」


そう言われて、わたしは何も言わずに徹の脇腹を軽く殴った。「イテテ」と言いながらも笑っている徹を、わたしはマゾなんじゃないかと疑っている。









大きなショッピングモールについて、色んなショップを見て回る。休日だからたくさんの人がいて、わたしの目は回ってしまう。どこからこんなにたくさんの人がやってくるのだろう。行きかうカップルたちはみんな年が近いようで、わたしたちみたいに年が離れているカップルなんていないように思える。だからなるべく徹と離れて歩いた。そのたびに徹は「オネーサン、ちょっと遠いよ〜」と言って近づいてくる。・・・君はわたしが彼女だって思われて、不快に思わないの?

ショップの店員さんに「彼氏さん、かっこいいですね」と言われて愛想笑いを返す。きっと心の内は釣り合ってないとか思われてるんだろうな。手に持ったレースのついたシャツをハンガーに戻した。話しかけられると、どうも買う気が失せてしまう。徹と一緒にいるとわたしはどんどんネガティブになって行く気がする。徹はキラキラ笑って、店員さんとも親しそうに話している。徹はわたしにないもの、全部持ってる。その社交的なところも、かっこいいところも、スタイルがいいところも、センスがいいところも、わたしにはないものだ。


「ちょっと、疲れたな・・・」


遠くから徹のことを眺めて、わたしは小さく溢す。そんなわたしに気が着いたのか、徹は「お昼近いし、どこか食べに行こう」と手を握った。君の考えていることが、わたしにはわからないよ。

モールにあるお洒落なイタリアンに着いて、適当にオーダーする。まだお昼になっていないからなのか、運良く待たずにテーブルにつくことができた。まだわたしも徹も一着も服を買っておらず、身軽だ。午後から服を買うことになるのだろうか。


「オネーサン、楽しくない?」


疲れた顔をしていたのだろうか、徹は心配そうな顔をしてわたしに聞いてきた。「そんなことないよ」と答えたが、その言葉を信じていなさそうだ。ただ、ちょっと疲れただけ。


「そういえばさ、俺達自己紹介してないね」


表情一転、ポンと手を打ち、徹は言った。そう言えばそうかも。知り合って何回か顔を合わせているけど、自己紹介と言う自己紹介をわたしたちは交わしていない。わたしが知っている徹の情報は、名前と、青城高校生であるということだけだ。きっと徹も同じくわたしの情報は名前とどこで働いているかくらいしか知らないだろう。


「俺は青城高校の3年、元バレー部員」
「3年じゃ受験勉強は?」
「推薦もらえるからいいの!」
「良かったね」
「オネーサンは?」


オネーサンは?と聞かれて、わたしは自分の何を喋ろうかと考え込んでしまう。年齢・・・は言いたくないし、これと言って伝えなくちゃいけないわたしの情報はない。なんだ、わたし何も持っていない。


「元、青城高校生」
「ほんと!?じゃあ俺の先輩なんだね〜!」
「そういうことになる、ね」
「なにか聞きたいことある?」
「得にはないけれど」
「ないんだ〜残念」
「わたしのことは、聞かないの?」
「うん。オネーサンのことはこれから知って行けばいいと思って」


「ハイ、じゃあ自己紹介終わり!」と言ってパンッと手を打つと、ちょうどオーダーしたパスタがテーブルに運ばれてきて、食べることにした。・・・徹は変な人だね。でもその変な所にちょっと救われている、かも。









午後からは調子が上がって来て、わたしは何着か服を買うことができた。一枚、また一枚と服を買っていくたびにテンションが上がって行く。一緒に買い物をしてくれる人がいるからかな。徹は「これが似合うんじゃない?あーでもイロチのこっちも捨てがたい!」とか言いながら何着も試着させようとして、わたしは着せ替え人形さながらに服を何度も着たり脱いだりした。徹はわたしをけなすような言葉は一度も口にせず、全部褒めた。褒められるたびにわたしは調子に乗ってしまったし、服をついつい買いすぎてしまう。自分が選ばないような服を買うことはとても勇気がいることだけど、徹が「似合う似合う!」って目をキラキラさせるから、挑戦してみようと思い、買うことにした。徹も何着か服を買っていたけれど、どちらかと言えばわたしの買い物メインで、徹の買い物はおまけみたいなもの。わたしにはセンスがないから、徹の服を選ぶことができない。でも、いつか、選ぶことができる日が来るのなら。


帰り道、荷物でいっぱいになった両手を見ながら徹は満足そうに笑って、「今度のデート、その服着てきてね!」と言った。



好きじゃない、恋じゃない、徹は高校生、わたしは社会人だ。



徹の笑顔を見ながら、何度も心の中で念じた。

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