まじめが取り柄みたいなわたしが遅刻するだなんて青天の霹靂みたい。電話越しの課長は「えっ・・・えぇ!?」と言って、「わ、わかった。詳しくは社に来てから」と電話を切った。電話を切ってからわたしは大きくため息をついた。いまだかつて犯したことのない罪。遅刻。その代償を払うには一体何をしたらいいのだろうか。


「なんで休むって言わなかったの?」
「休むわけないじゃない」


電車はだめだったけど、バスで行けば間に合うかもしれない。改札を出てバス停へ向かう。普段バスを使うことはほとんどないからバス停を探すことに手間取ってしまった。その間わたしの後ろを黙ってついてくる及川徹。こいつ、学校をさぼる気でいるのだろうか。


「・・・学校はどうするの?」
「んー、どうしよっかな〜」


にっこりと及川徹はわたしに微笑みかける。誰がその笑顔に乗るもんですか。・・・この男どうしてわたしにこうもつっかかってくるんだろう。通勤通学の時間帯だけあってバス停は混雑している。隣のバス停には及川徹と同じ制服を着た生徒が数人並んでいた。きっとあれが青城高校行きのバス停なんだろう。


「ホラ、君のバスは隣だよ」
「君じゃないよ、徹」
「・・・」
「と お る」
「ホラ、徹のバスは隣だよ」


観念してちゃんと名前を呼んで言う。勝ち誇った顔をした徹が腹立たしい。わたしは列の最後尾に並んで腕時計をチラッと見た。うん、この分なら時間ギリギリくらいで社につきそうだ。横目で徹を見るとわたしの後ろをキープしているままだった。このままわたしが乗るバスに乗り込みそうな雰囲気を醸し出している。


「・・・だから、隣だって」
「学校行かないよ、俺」
「え!?」
「だから遊ぼうよオネーサン」
「・・・小山、真子 だってば」


わたしだけが名前を読んだなんてそんなの悔しすぎる。わたしが自分の名前を名乗ってみせる。前にもちゃんと名乗ったんだけど、忘れたのだろうか、ずっとわたしのことをオネーサン呼ばわりだ。一瞬驚いた顔をしてすぐに余裕の笑みを見せて及川徹はわたしの手を引いた。


「行くよ、真子さん」


なぜかわたしはその手を振り払うことができない。仕事、行かなくちゃいけないのに。走り出す徹の後ろで、揺れる髪の毛を見つめていた。









くたびれたパンプスのおかげか、難なく走ることができた。ただ靴ずれのところが少し痛くなったけれど。走ったことに満足したのか徹はわたしの手を解放した。


「オネーサン、体力ないね〜」


さっきは真子って呼んだのに。


「普段から運動しないと体に悪いよ?」
「うるさい。君が急に走り出すから」


膝に手をついてはーはーと呼吸をする。大きく息を吸ったところでむせてしまい、そんなわたしを見て徹はゲラゲラと笑った。くそう。社会人になったら体育なんてないんだぞ。自主的に運動しなければ体力は落ちる一方なんだぞ。激しくなった動悸が徐々に落ち着きを取り戻す。


「はい、どうぞ」


徹は自分の鞄からアクエリを取り出すとわたしに手渡してくる、がそれを「間に合ってますので」と断り、自分の鞄からお茶が入ったタンブラーを取り出す。それを一口飲みこむ。よし、完全に落ち着いた。徹は手にしたアクエリを渋々しまう。自分じゃ飲まないのか。鞄にタンブラーを戻すときに腕時計が目に入った。


「やば!!」


始業時間5分前。遅刻確実。


「あ、授業始まっちゃう」


焦るわたしに相反して冷静な徹が憎たらしい。君のせいでわたしは遅刻する羽目になった。このお返しはどうしてくれるのだろうか。


「デートするしかないね」
「誰がするもんですか!」
「遅刻したくなかったら手、離せばよかったのに」


それを言われたら、なにも言えない。
ギリ、と奥歯を噛みしめる。遅刻することが悔しくて仕方ないのか、何なのか。なんでわたしはこんなにイライラしているのか、何なのか。


「真子さんも俺とデートしたかったんデショ?」
「そんなことあるわけ・・・」


ない、と言うのと同時に徹はまたわたしにキスをした。


「!!!???」


一瞬だったけれど、唇に残った熱が、それを幻だとは思わせなくて。


「あはははは」
「何すんのよ!」
「キス?」
「それは分かってるよ!」
「オネーサン、真っ赤だよ、顔」
「知ってるわ!!」


何なのよ、もう。
ごしごしと手の甲で唇を拭うと、朝つけてきたグロスが手の甲についた。べたべたする。年下にこんな風に振り回されるなんて、情けない。


「んじゃ、オネーサンの職場行こっか」


わたしに手を指しのばすその手をわたしはパシンとはたいて、徹の一歩前に行く。「ついてこないで」と言うわたしの横に並んで、「職場までの道のりがデート」と笑った。この男が考えていることが分からない。仕事休めと言ってみたり、結局職場行かせるようなことを言ってみたり。


「・・・ちゃんと学校行くんだよ」
「オネーサンを職場まで送って行ったらネ」


何がしたいんだよ。









「どうしたんだ小山」
「変な男に付きまとわれたので巻いていました」
「えっ!大丈夫か?そういう時は警察に知らせたほうが・・・」
「大事にするようなものではないので」
「そうか、気をつけろよ。何かあったら警察に行くんだぞ」
「はい、遅刻してすみませんでした」


及川徹、後で見てろよ。

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