習慣とは怖いもので、今日もいつも通りの時間に目が覚めて、いつも通りに支度をして、いつも通りの時間に家を出た。そして思い出す、及川徹のあの言葉。「付き合っちゃおっか」わたしの足取りは急に重くなる。あああ思いだすんじゃなかった。いやむしろ何で忘れてたのわたし。覚えていたらいつもより早い時間に家を出たのに。それかもっと遅い時間に家を出たのに。よし、今からゆっくり歩いて行くことにしよう、そしたら駅に着く時間は遅くなる。及川徹に会わないで済むかもしれない。そうと決まればゆっくり歩くが吉。わたしはいつもよりもずいぶんとゆっくり歩いた。及川徹が乗る電車はわたしが乗る電車よりも先に到着して、先に発車する。その時間を見計らって行こう。時間をかけて駅まで着くと、すでに及川徹が乗る電車は発車していて、じきにわたしが乗る電車がホームに滑り込む時間になっていた。小走りでホームまで向かう。そこにはいつもと違った風景が広がっていた。人、人、人。わたしはいつも余裕を持って駅へ行っているため、先頭に並んで電車を待っている。そんなわたしの後ろにはこんなにたくさんの人が並んでいたのか。わたしは列の一番後ろに並ぶ。都会ではないし、満員電車になることはほとんどない。でも一番後ろに並ぶのと、一番前に立っているのはこんなに違うものなのか。まもなくホームに電車が到着いたしますとアナウンスが入るのと同時に、わたしの体は後ろに引っ張られ、倒れこみそうになる。


「え」


とすん、と何かに背を支えられ、倒れこまずに済んだ。何かが及川徹だということに気が着くのに時間はかからなかった。及川徹は嬉しそうににんまりと笑い、「おはよう、オネーサン」と言った。


「なんで」


だって及川徹の電車はもう行ってしまった後だったから、ここに及川徹がいるのは不自然だ。及川徹はわたしの手を引っ張り、その列から離れていく。手を引かれるわたしも、その列から遠のいてしまった。


「ちょっと、離して」
「ヤダ」
「どうして」


階段を下りて、改札間際になると及川徹は立ち止り、わたしの顔を見た。「待ってたのに、来ないんだもん」


「待ってた、って」
「電車乗れなかったから、俺学校遅刻になるし、遊ぼうよ、オネーサン」
「わたしだって仕事があるの、行かなくちゃ」


アナウンスが電車の出発を伝える。


「ホラ、電車行っちゃったよ、オネーサン」
「・・・君のせいでね」


わたしはがっくりとうなだれた。ここは東京じゃない。数分おきに電車が来るわけじゃない。わたしの遅刻は決定的となってしまった。入社してからただの一度も犯したことのない、遅刻。鞄から携帯を取り出して課長に電話をかける。この時間帯、まだ誰も社にいないから仕方ない。


「おはようございます。小山ですけど、今日、遅刻します」
「休みますって電話してくれたらよかったのに」

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