「あれ、先輩、なんか今日顔いつもと違いません?」


いつも通り一番に職場についてデスクの整理をして、花瓶の水を入れ替えた。そうこうしている間に後輩の女の子がやって来て、わたしの顔をまじまじ見て言った。いつもと違うって・・・眼鏡は男の子から返してもらったから変わらない。使ってる化粧品も同じ。メイクの手順も変えてない。どこがだ、なにがだ、何が違うんだ。あ、結婚式行って二次会行ってお酒飲んだりたくさん食べたりしたから太ったのかも・・・!ひやひやしながら「いつもと変わらないはずだけど」と答えると「そうかなー?」と後輩は首をかしげた。くそうカワイイ。だからモテるんだな、わたしでも後輩ちゃんがモテるのがよくわかる。


気のせいかなーと一人ごちながら後輩ちゃんは自分のデスクへ行った。今日も仕事が始まる。今朝ホームで出会った及川徹のことを思い出した。わたしにもう一度会いたいと言っていたけど冗談にしか思えないし、からかわれているとしか思えない。誰がそんな甘い言葉に乗るもんですか。









定時に仕事を終え、会社を出る。後輩ちゃんが「小山先輩!」とわたしの名前を呼ぶ声が聞こえて足を止めた。振り返ると後輩ちゃんが手を振りながら小走りでわたしのところへやってきた。


「どうかしたの?」
「今夜合コン来ません!?」
「えぇー・・・」


合コンは正直苦手だ。知らない人とお酒を飲むのは楽しくない。いつも参加するときは数合わせのためだけで、出会いを求めて参加をしたためしはない。後輩ちゃんはお願いします!と両手を合わせた。


「でもわたし、出会いとかそう言うのは、別に・・・」
「そんなこと言ってたら行き遅れちゃいますよ!」
「それでもいいかなーなんて、あはは」


わたしがへらへらと笑うと後輩ちゃんは諦めたようで「わかりました」と肩を落とした。行き遅れちゃうなんて自分が一番分かってるよ。妙に落ち込む。分かってることを誰かに指摘されるって、辛い。後輩ちゃんは空気が読めないわけではないんだろうけど、良くも悪くも素直で、まっすぐで、痛いところをついてくる。そんな後輩ちゃんがキラキラして見えた。


「じゃ、先輩、わたし合コン頑張ってきます!」
「うん、頑張れー」
「彼氏できたら紹介しますから!」


後輩ちゃんは意気込み、大きく手を振って走って行った。うーん、キラキラしてる。あんなに可愛いんだから、彼氏の一人や二人すぐにできそうな気がするけど。きっと理想が高いんだろうな。後輩ちゃんの健闘を祈りながら、わたしは駅へ向かい歩き出した。いつも通りの時刻に到着する電車に乗り込む。すべてがいつも通りだ。吊皮を掴み揺れる。あの小学生はいつも電車に乗っている。あの女子大生っぽい人はいつも電車で化粧をする。あの頭皮が見えかかってるおじさんは足を大股に開いて座っている。電車内も見渡せばいつもと変わらない顔ぶれ。何もかもがいつも通りだった。こうして夜が来て、また朝が来て、同じ日を繰り返すんだ。電車を降りるといつも通りのアナウンス。改札を出れば見慣れた駅員さんが。変化が欲しかったわけじゃない。でも同じことの繰り返しに飽き飽きしていたわたしはほんの思いつきで駅前のコーヒーショップに立ち寄った。久々に訪れる店。注文の仕方から手間取って、やっとカフェラテを手にすることができた。お一人様で邪魔にならないように通りを眺められるカウンターに腰を下ろす。店内には学校帰りの学生や、仕事終わりのサラリーマンたちであふれ返っている。ふぅと吹いてカフェラテを冷ます。一口飲むと熱くてまだ飲めないことが分かった。コト、とテーブルにカップを置いて、冷めるまで道行く人たちを眺めていた。


「あ、」


このお店が前金制で良かった。わたしは熱々のカフェラテをそのままに、コーヒーショップから飛び出した。


「及川、徹!」


別にもう一度会いたかったわけじゃない。
男の子の言葉に期待していたわけじゃない。
でも、見つけてしまったのだ。


「あれ、オネーサン」


ヘラリと笑いながら及川徹は振り返った。


「肩で息して、どーしたの?」


どーしたもこーしたも、見つけたから走ってきたんだよ。及川徹はわたしに近づくと、「はい、深呼吸、吸ってー吐いてー」と言った。その言葉通りに深呼吸をすると落ち着いてきて、やっとまともに喋られるようになる。喋られるようになったけど、冷静に考えてみればなんでわたし及川徹を追いかけたんだろう?そんなことする必要なんてないのに。


「また眼鏡してるー」
「・・・持って行ったわたしの眼鏡は?」
「え、アレ?」


「ファンの子に取られちゃったよ」と及川徹に言われて、わたしは愕然とした。ファンの子って何?ファンがいるの?何?モデルなの?というか人の眼鏡勝手に取られないでよ。あれ最近使ってなかったけど大事な眼鏡だったのに。悪びれる様子もない及川徹に苛立ちを隠せない。


「ごめんネ、オネーサン」
「許さない」
「エッ」
「大事な眼鏡だったのに!」
「ごめんネ」
「ヤダ」
「オネーサン我儘だよ」
「我儘なのはどっちだよ」
「オネーサン意外と口悪いんだね〜」
「アンタには関係ないでしょ」


わたしの嫌なところがどんどん出てくる。普段は口悪くない。イライラすることなんてあまりないし、こんな風に突っかかることなんてない、のに。


「ごめんネ、オネーサン」
「眼鏡、返してよ」
「返したいんだけど、もうどこにあるか分からないし」
「ふざけないで」
「ごめんネ・・・」


いらいらいらいらいら


「どうしたら許してくれる?」
「許さない」
「ん〜」


及川徹は腕組をして悩んでいるポーズをとる。ナルシストなのなんなの。しばらくするとポン、と手を打ち、何かひらめいたようだ。わたしの方に手を乗せると、にこっと頬笑みわたしに


キスをしてきたのだ。



「〜〜〜〜〜!!!??」



それも一瞬じゃなくて5秒くらい。
何が起きてるかわからず体がフリーズして、脳が再起動する。両手でドンと及川徹の体を押すと倒れはしなかったものの、わたしから離れて、にへらとまた笑った。手の甲で思いっきり口を拭いながら「ふっふざっ!ふざけないでよ!!」と罵倒した。


「返してよわたしのファーストキス!!!!」
「エッ」
「最低!信じられない!なにしてくれてんの!!!」
「オネーサンファーストキスなの?」
「悪いっ!?」


涙で視界が滲んでいく。ファーストキスを大事に取っておいたわけではないが、こんな不本意な形でファーストキスをしてしまったなんて、最悪すぎる。できるものなら記憶を抹消したい。


「そっかそっか」


うんうんと頷きながら尚もあくびれる様子のない及川徹。じりじりとわたしに近寄り、「付き合っちゃおっか」と軽く言った。


「はああああああ!!!???」
「オネーサン驚きすぎ」
「付き合わないよ!」
「ファーストキスの責任をとると言うことで!」
「付き合わないからね!」
「明日も今日と同じ電車でしょ?」
「わたしの言ってること分かってる?」
「じゃあね〜」



途方に暮れるわたしを置いて歩き出す及川徹をわたしは彼氏とは認めない。

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テーマ「人外ファンタジー」
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