昔かけていた眼鏡を引き出しの奥底から取り出した。今日はこれをかけて仕事へ行かなくちゃ。誰もわたしの眼鏡のことなんて気にしていないだろうし、眼鏡が変わったことに気づかないだろう。眼鏡をかけて、昨日あった出来事を思い出す。そんな簡単にもう一度あの男子高校生と出会えるだなんて思っていない。むしろあの眼鏡はもう捨てられたと思っている。見ず知らずの人の眼鏡を大切に取っておく人なんているわけがないもの。


仕事用のくたびれたパンプスを履く。昨日できた靴ずれが当たって少し痛い。絆創膏を貼ってから家を出た。ここ数年のわたしは家と会社の往復だけで日々が過ぎ去って行っている。なんてつまらない人生なんだろう。つまらなくしてしまったのは、きっとわたしなんだろうけれど。何かのせいにしなければ立っていられないほど弱くはない。もう、諦めてる、いろいろなこと。昨日と同じ大通りに出て駅へ向かう。電車で一駅行ったところにわたしの仕事先はある。駅のホームに立ったところで「あ、オネーサン発見」と後ろから声が聞こえた。この声には聞き覚えがあって、振り返るとそこには昨日出会ったあの男子高校生が立っていた。・・・わたしの眼鏡をかけながら。


「あれ、また眼鏡してる〜」
「君こそわたしの眼鏡まだかけてるの?」
「うん、気にいっちゃった」
「返してください」
「うーん」
「それないと、困る」
「ヤダ」
「ヤダはこっちのセリフだよ」
「だってオネーサン眼鏡してない方がいいよ〜?」
「そういう問題じゃなくて」
「この眼鏡、度入ってないし。かける必要ないよね?眼鏡」


・・・ばれてた。
実は伊達眼鏡をかけていた。顔を見られることが嫌なわたしは眼鏡をかけていないと落ち着かないのだ。昨日は仕方なく眼鏡をかけないで結婚式に出ていたけど、眼鏡をかけて初めて人前に出ることができるのだ。昨日と同じようにばっと手を伸ばして眼鏡を奪おうとする。


「オネーサン危ないよ、ここホームだから」


わたしの手をはしっと掴み男の子は言った。線路に落ちたら危ない。男の子の言ったことは一理ある。わたしはおとなしく彼の隣に立つことにした。


「・・・眼鏡返してください」
「じゃあオネーサンの名前教えて」
「なんで?」
「オネーサンともう一度会いたいからかな〜」


何考えてるんだこの男子高校生・・・。


「名前教えてくれたらこの眼鏡返してあげる」
「まずは自分が名乗ったらどうでしょうか」
「・・・そうだね〜」


男の子は時間を止める魔法でも持っているのか。


「及川徹」


男の子が名前を言ってる間、わたしたち以外のすべてが止まったような気がした。


「小山真子、です」


眼鏡をひょい、と取り上げられ、わたしの顔を良く見ると「やっぱり眼鏡ない方がいいのに〜」と不満そうに言い、自分がかけていた眼鏡をわたしに手渡した。取り上げた眼鏡をかけなおした男の子は「またね〜」と言って反対側のホームに到着した電車に乗り込んだ。青城はそっちだったっけ。じきにこっちにも電車が到着する。それまで電車に乗り込んだ及川徹の姿を探していた。

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