「・・・さん」


どうしよう。


「・・・真子さん」


昨日届いたメールのことばかりが気になってしまう。


「真子さん!」
「え!?」


突然大きな声が聞こえて、わたしははっとした。驚いて顔を上げると不機嫌そうな顔をした徹がわたしのことをじっと見ている。どうやらわたしのことをずっと呼んでいたらしかった。考え込んでいたわたしの耳にはその声は全く聞こえない。


「ごめん、聞いてなかった。なに?」
「・・・もういい」


わたしが話を聞いていなかったことが気に喰わなかったのか、徹は手に持った大学のテキストに目を移した。今日は土曜日。徹はいつも通りわたしの部屋で大学の課題をしている。わたしにはすることがなく、あのメールのことばかりが頭を埋め尽くしてしまうのだ。

何もそんなこと言わなくていいじゃん。徹はすぐ拗ねるところがある。わたしも気づかなかったの、悪かったけどさ。徹の外見はすごく大人っぽいのに、中身は年相応だ。そして限りなく恋愛経験値の低いわたしは、考えることがもっと大人気ない。


「・・・ごめんね」
「もういいって」
「よくない」
「・・・真子さんって」
「なに?」
「浮気してる?」
「はあ!?」
「エッ顔怖い」


何をいきなり、この人は。あらぬことを言いだすのか。


「・・・なんで」
「なんで、って」
「してるわけないじゃん」
「ダヨネ」


かなしくなってきた。


「・・・でも真子さん今日、ずっと携帯気にしてるみたいだから」


充電器につなげたままベッドに投げ出されている携帯に目をやってしまう。徹の気のせいだよ、とは言えなかった。


「き、昨日仕事でミスしちゃって、もしかしたら課長に呼び出されるかもしれないから」


わたしの下手な嘘を「ふぅん」と言って、徹は受け入れた。



 センパイ、今度飲みに行きませんか?


桐谷くんからのメールに、わたしは返事をできずにいる。初めてついた嘘に胸がずきずきと痛くなった。

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