いつもだいたいわたしが一番に会社につくんだけど、それよりも桐谷くんはやって来ていた。


「おはようございます」
「おはよう」


昨日徹のことを見られたから、なんだか少し気まずく感じてしまって、わたしは目を合わせずに挨拶を返した。鞄をデスクに置くと桐谷くんは立ち上がってわたしのそばにやって来て、耳元で囁くように言った。


「ずいぶん可愛らしい恋人でしたね」


体がぞわぞわとして、思わずのけぞってしまう。耳元で喋られるのは経験がない上にどうも苦手だ。耳がカーッと熱くなって体をバリバリと掻いてしまう、ひいいい。そんなわたしを可笑しく思ったのか、桐谷くんはお腹を抱えて笑いだし、「センパイかわいー」と言った。おちょくられているような気しかしない。


「桐谷くん、始業の準備しないと」
「あ、コーヒーのセットの仕方わからなくて」
「わたしやるからいいよ」
「俺も覚えておきたくて」


なんか、あれだなぁ。女の子に慣れてるような喋り方するなぁ。じと、と桐谷くんを見つめると、「教えてください」と爽やかに笑った。なんて男だ。嫌みの一つでも言ってしまおうかと思ったけど、そんな気も失せてしまうほどだ。


「・・・じゃあ、ついてきて」
「はーい」


この会社に徹がいなくて良かったと、ひしひしと感じた。ここに徹がいたらきっと徹はすごくヤキモチを焼いて、わたしに突っかかる。徹がヤキモチ焼きだなんて知らなかったよ。


「センパイと“徹くん”って付き合ってどれくらいなんですか?」
「エッ」


わたしがコーヒーのセットの仕方を押していると、説明に対する質問とかぶっ飛ばしていきなり聞いてくるものだから、どばっと豆を入れすぎてしまった。平常心を取り戻して、桐谷くんの問いを無視する。そのままコーヒーをセットして、おしまい。コーヒーをセットし終わるとみんなが出勤し始める時間になって、ちらほらと社内に人が集まってきた。


「おはようございまーす」
「おはようございます」


よかった、これだけ人が集まったらもう桐谷くんから変な質問されることはないだろう。コーヒーメーカーにカップをセットして、一番最初のコーヒーを淹れる。


「センパイの淹れるコーヒーってうまいですよねぇ」
「今日豆入れすぎちゃったけどね」
「ホントだ。濃そう」
「桐谷くんコーヒー飲めるの?」
「ううん。苦手」
「・・・・」


桐谷くんが何考えてるか読めない。そういえば徹も最初、何考えているか読めなかった。

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