動かないで、って言われたから動くわけにはいかず、居酒屋の前で徹が来るのを待つことにした。目を瞑って悩む。絶対徹不機嫌な顔してやって来る。謝った方が良いのか・・・?でも悪いことしたわけじゃない。会社の歓迎会なんだから。 って思っていたのに、目の前に現れた徹は不機嫌も不機嫌で、反射的に謝ってしまった。 「ごめん」 「・・・真子さんは俺に謝らくちゃいけないようなことしたの?」 「してない、けど」 会社の歓迎会だって仕方のないことで、さっきイケメン新入社員くんにスマホを取られたのはわたしの不注意だとしても、悪いことはしていないはずだ。ただ単に世間話のようなことをしただけでありまして。 「けど?」 「・・・徹があまりにも 不機嫌そうなので」 「不機嫌ですよ」 それからくどくどと居酒屋の前で説教された。幸い今日はうちの会社の歓迎会で貸し切りになっているから、他のお客さんが来ることはなかったけれど、店先でこう叱られるのってどうなんだろう。 家帰ったらわたしがいなかった とか いつまでたっても帰って来ないし、電話しても出ないし とか 俺がどれだけ心配してたかわからないの とか。 「徹」 「なに?」 「なんでそんなにエラソーなの」 「・・・は?」 「わたしにだって付き合いはあるし、徹と毎日ずっと一緒にいられない」 それは、わたしの本心。 一緒にいたくないわけじゃない。 だけど、ずっと一人で過ごしていたわたしが、誰かと同じ時間を過ごすことは難しい。わたしは自分のペースでずっと生活してきたから。徹によって乱されたわたしの生活を、徹のペースに合わせることはとても難しいんだ。 「徹にも大学があって、そこの友達がいるように、わたしには会社があって、そこの付き合いって言うものがあるんだから」 わたしの人生は、徹だけで回ってるわけじゃない。 徹はひどく驚いた顔をして、 あー。またやってしまった とぼんやり考えていた。この間も同じような事で同じような喧嘩をしたばかりなのに。どうしてこう繰り返してしまうのだろうか。 「はい、この話は終わり。帰ろう?」 なかなか我に帰らない徹に声をかける。徹ははっとして「うん」と小さく返事をした。 「へー。あれがセンパイのカレシくんかー」 今日もいつも通りわたしの部屋にくるかと思いきや、徹はそのまま真っ直ぐ自分の部屋へと帰って行った。背の高い徹が、やけに小さく感じられて少し胸がいたい。いつもはべらべらと喋っている徹が無言だったから、帰り道はほぼ会話なしだったし。うーん。なんとかしなくちゃだめ、だよねぇ。ばたんと力なく閉まった徹の部屋のドアを見てから、自分の部屋に入った。隣に住んでるのに、遠く感じるのはなんでだろう。 |