四月になった。我が社も少ないながらに新入社員が入って来て、新入社員が入ってきたからには歓迎会と言うものが行われるわけで。 (あ そういえば徹に何も言わなかったな) 歓迎会が始まる時間まで後輩ちゃんと暇つぶしがてら服を見て回っていたとき、ふと徹のことを思い出した。一緒に住んでいるわけではないのだから、報告する義務なんてないだろうな、なんて勝手に考えていた。そもそも男性とお付き合いしたことのないわたしは、どこまで徹に伝えて、何を言わずに秘めておけばいいかが分かっていない。すべて伝えるはダメだ。何も伝えないのもダメだ。じゃあどうしたらいいんだろう。 わたしが浮かない顔をしていたからなのか、後輩ちゃんに「先輩どうかしました?」なんて聞かれてしまった。「なんでもないよー」とヘラリと笑ってみせると、納得いかない顔をしながらも「そうですか」と後輩ちゃんは言った。 「先輩そろそろ時間ですよー」 「わ、本当だ。行こうか」 「ハイ!」 あの一見以来、わたしと後輩ちゃんの仲は良くなっていた。不思議なものだ。気まずくなってしまうと危惧していたのに、そんなことはない。後輩ちゃんのお陰だって思ってる。 「新入社員どんな人か見ました?」 「見てないなぁ」 「イケメンがいたんですよ!!」 「あ、そうなの?」 「だから今日私頑張ろうと思って」 「どうりでメイクに気合が入ってるわけだ」 「わかります?」 今日の後輩ちゃんは可愛い。とびきり可愛い。いつも可愛い。 上司の趣味にそう居酒屋につくとほとんどの社員が集まっていて、わたしと後輩ちゃんはそそくさ空いてる席に座った。上司の挨拶に始まり、新入社員の抱負を聞き、やっと乾杯まで漕ぎ着く。並々と注がれたビールを片手に乾杯をして、ぐいと一口飲んだ。まだ四月は寒い。冷たいビールが体を冷たくした。 歓迎会と称した飲み会は滞りなく進み、アルコールが入って色んな枷が外れて会場はぐちゃぐちゃになる。飲み始めたときは寒く感じていたが、いつの間にか体は温まっている。アルコールの力の偉大さを感じた。後輩ちゃんはイケメン新入社員のもとへ行き、何やら離しているようだ。気疲れ、人疲れをしたわたしは鞄を持って席を立ち、外へ向かう。会費は前もって支払ってあるし、このまま帰っても大丈夫だろう。 店の外へ出て鞄からスマホを取り出すと、そこには目を疑う光景があった。不在着信10件。しょっちゅう電話が来るようなスマホではないのにこれは一体何事・・・?緊張しながら見てみると、たった一人の名前が10件連なって表示された。 「徹」 どう反応したらいいか分からず固まってると 「お疲れっす」 誰かがわたしの隣に並んで、挨拶をした。スマホから目を外して誰だろうと確認するとそこにはさっきまで後輩ちゃんと親しそうに喋っていたイケメン新入社員。煙草にかちっと火をともして、大きく息を吸う。少し溜めて、長い息を吐いた。 「お疲れ様」 「センパイはもう帰るんすか」 「え、っとそうしようかなぁと思っているけど」 いやになれなれしくてやだなぁ。 苦笑いも薄暗けりゃ見えやしないでしょ。 徹に電話をかけようか悩んでいると、もう一度徹から電話がかかって来た。出るかどうか悩んでしまうのはどうしてだろう。怒られるのかなー何言われるんだろう。そんなことばかり考えて、電話に出たくなくなってしまう。10回も電話かけてくるんだもん。何かあったに違いないから電話に出なくちゃいけないのに。 わたしがスマホと睨めっこしていると脇からぬっとイケメンくんが手を伸ばしてわたしのスマホを取って、あろうことか電話に出た。 「今お取り込み中だから後にしてくれない?」 『はぁあ?』 電話越しだと言うのに、徹の声がわたしにまでよく聞こえてきて、わたしは慌ててスマホをイケメンくんからぶんどった。 「徹!?ごめん、いま会社の歓迎会で・・・」 「・・・へえ?」 う、全然信じてない声だ。 「疲れちゃったから外に出たら、その、新入社員の人が来てね」 「ふうん」 「それで、電話出ようとしたら取られちゃって」 「今から迎えに行くからそこから動かないで」 徹はピシャリと言い放った。 わたしはキッとイケメンくんを睨みつけて言う。「勝手なことしないでくれる?」 「だっていつまでも電話に出ないんだもん」 「出るつもりだったの!」 「そうですか」 「そうなんです。ほら君は主役なんだから席に戻りなよ」 「彼氏が迎えに来るんでしょ?それまで俺ここで一緒に待ってますよ」 「そういうのいらないので」 「夜だから危ないし」 「君と二人でいる方が危ない気がするんだけど」 「違いないや」 イケメンくんはくつくつと笑って居酒屋ののれんをくぐった。 「どうして こうなった」 わたしはがっくりと肩を落として、これからわたしのことを迎えに来てくれるであろう徹を待つ。きっと怒っているに決まってる。あああ、一難去ってまた一難だよ。わたしと徹は。 |