ドレスに身を包んだ。髪の毛もきちんとセットされてる。メイクは崩れてない。よし、準備はできた。眼鏡をかけて、慣れないミュールを履いた。家を出て大通りまで行きタクシーを探す。なかなかタクシー来ないなー。仕方ないと思いタクシー会社に電話をかけ、タクシーを呼ぶことにした。ミュールが痛い。でも式の間だけなんだし、ほとんど座ってるんだし、これくらい我慢しないと。タクシーがくるまで5分くらいかかるということなので、わたしは近くのベンチに腰をかけることにした。足が痛くて変な歩き方になってしまう。ベンチまであと3メートルってところでかかとが脱げてしまい、わたしはこけてしまった。


「痛っ」


手をついたから派手に転びはしなかったけれど、こけた拍子に眼鏡が飛んで行ってしまった。慌ててあたりを手探りで捜す。嘘、見当たらない、どうしよう。眼鏡がないと、わたし―――


「これ、オネーサンの眼鏡?」


前方から声が聞こえてわたしはそのほうを向く。そこには背の高い男子高校生が立っていて、わたしの眼鏡をぷらぷらと揺らしている。急いで立ち上がり、男の子のところへ行くとそのままサッと男の子はわたしに眼鏡をかけてくれた。はっきりと男の子と目が合うと男の子はふわりと笑う。うわ、かっこいい。


「あー、ドレス汚れちゃってるね」


そう言って男の子はパンパンとわたしのドレスを払い、汚れを落としてくれた。男の子の長い指にどきっとして、わたしの体は硬直する。仕事以外で異性と関わることなんて滅多にないから、硬直しちゃうのは無理ない。


「うん、目立たなくなった」
「あの、ありがとう」
「どういたしましてー」


男の子がまじまじとわたしのことを見るので、わたしは視線を下げてしまった。さっきは気がつかなかったけど、この制服は、青城高校のものだ。わたしが数年前に卒業した高校。懐かしいなぁ。


「オネーサン、眼鏡かけてない方がいいよ」


ひょい、と男の子はわたしの眼鏡を取り上げて、笑った。


「せっかくドレス着て奇麗にしてるのにサ」


わたしの眼鏡をかけた男の子はわたしの横を通り過ぎ、その場を去って行こうとする。振り返って追いかけ、その腕にすがった。その眼鏡を持っていかれたら困る!!


「あの、返して!」
「えーヤダ」
「困ります」
「うーん。じゃあ今度返してあげるよ」
「今!」
「お断りします」


ばっと手を伸ばすけど、その度男の子はわたしの手を華麗に避けた。手を伸ばせど手を伸ばせど眼鏡にたどりつくことはない。避けられ続け、しまいにわたしは疲れて息切れをし、手を伸ばすことができなくなってしまった。


「オネーサン、タクシーついたよ。ホラ、行かないと」


そのまま走ってどこかへ消えていく男の子を追いかける体力は、わたしには持ち合わせていない。


「わたしの眼鏡・・・」









慣れないミュールのせいでできた靴ずれにも気づかずわたしは式に参加した。久々に会う友人たちには眼鏡がないせいでわたしだと分からず、分かった瞬間驚いていた。みんなひどいや。眼鏡のことで頭がいっぱいで式も二次会もボーっとして過ごしてしまった。ごめんよ新婦ちゃん。あの男の子ともう二度と会えなかったらあの眼鏡はどうなってしまうのだろうか。もう一度あの男子高校生に会わなくちゃ。わたしは決意して味の良く分からないカクテルを煽った。

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