駅を出て突っ立っている。気づいてしまってすぐに、気づくんじゃなかったと思ってしまう。徹は高校生だ。徹はわたしよりも年下で、つまり徹よりも年上。キスはしたけどした(というよりもされたけど)、ただそれだけ。唇と唇が触れてしまっただけ。事故のようなもの。「付き合っちゃおっか」と言われたけど同意はしていない。付き合っているわけではない。気づきたくなかった。気づいたら、どうすればいいか分からなくなってしまう。どうやって徹と向き合えばいいかわからない。向き合う以前の問題だ。わたしは徹の恋愛対象に入っているのかな。


「おいかわ とおる」


立ち止まったわたしを、後ろから来た人が通り過ぎていく。きっと突っ立ったままのわたしは邪魔になっていることだろう。でも歩けなかった。時が止まってしまえばよかった。いやむしろ時が戻ってほしかった。そうだと気づく前に戻ってしまえばよかった。いや、それを言うなら徹と出会う前に、戻ってほしかった。だって徹と出会わなければ、こんな風に嫉妬をしたり、どうしたらいいかわからなくなってしまったり、でもやっぱり 近づきたい なんて思ってしまったり。わたしの心の中がぐちゃぐちゃになることなんてなかった。恋なんてしなくてもいいって思っていたのに。いろいろなことに諦めをつけていたのに。徹と出会ってしまって、その諦めを、諦めなくてはいけない。


徹と出会って 止まっていたわたしの心が 動き出す。それはもう本当にぐちゃぐちゃで矛盾だらけで、動悸がうるさいだけで、どうしようもなくて。






ああ、どうしようもないくらい 好きになっちゃったんだ。






「あれ、オネーサン」


どうしてざわざわと騒がしいのに、徹の声だけはすぐに分かることができちゃうのかな、わたし。
後ろから声を掛けられて、振り向くことができなかった。


「ね、オネーサン」


もう一度声をかけられ、徹がわたしの横に立つ気配を感じる。でもそっち、向けない。どんな顔をしたらいいかわからない。


「こっち向いてよ」


わたしの顔を覗き込むようにして、徹はわたしの目を探した。探して、見つけた。


「徹」
「オネーサン、どうかしたの?ぼーっと突っ立っててサ」
「徹」
「うん?なに?」
「すき」
「エ」


ああ、もう


「すき」


本当に もう


「俺も好きだよ真子さん」
「ばか」
「えーヒドイ」
「ばかやろう」
「真子さんヒドイ」


徹の口にした 好き は果たしてわたしと同じ意味の好きなのだろうか。それはまだ分からない。


「ばかばかばか」
「俺そんなに頭悪くないよ〜?」
「そういうこと言ってるわけじゃない」
「エー」


なんで後輩ちゃんとプリクラなんて撮ってるんだよバカ
なんで後輩ちゃんとデートなんてしてるんだよ馬鹿
なんで合コン来ちゃったんだよばか

なんで

なんで

好きになっちゃったんだよ
わたしの ばか


わたしがばかと口にするたび、徹は嬉しそうに笑って、わたしのことを オネーサン じゃなくて 真子 と呼ぶ。それだけで胸がちくんと心地よく痛んだ。

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