「あれ、トドま・・・」

仕事帰り、これからどこかで晩御飯でも食べてから帰ろうかと、アプリで美味しくて安いご飯屋さんを探していた。歩きスマホは危ないから、道の端に寄ってスマホを操作する。こういう口コミって頼りになったりならなかったりするから、身近な知り合いに美味しいとこ聞くのが本当は一番いいんだよね。
スマホとにらめっこしていて目が疲れたから、顔を上げて、前方にある交差点を見た。そうしたら目の前から知り合いが歩いてくるじゃないか。合コンで会って、たまたま意気投合した松野トド松。けっこう美味しいとこ知ってるからこれはいい機会だから聞いてみよう。

名前を呼んで、気づいてもらおうと思ったけど、名前を呼ぶの、途中でやめてしまった。
だって隣に女の子がいたから。

え!?ええ!?この間会った時は「またフラれちゃったよ〜」とか言ってたのに!?「やっぱり僕みたいなニートダメなんだよね。せめて働かないとか。あー働きたくない」とか言ってたのに!?そんなトド松が、女の子と歩いてる!?!?

心臓がばくばくする。血液をものすごい速さで全身へ送り出しているのに、わたしの体自体は氷のように冷たく感じられて、心と体がばらばらみたいだった。トド松はわたしのことに気が付いてない様子で、すたすたと目の前を通り過ぎて歩いていく。やっちゃだめだ、とわかっていたのに、わたしはこっそり、トド松の後をついている。こんなストーカーじみた事したくないのに、なんだか気になって落ち着かないから。
週末とあって人が多い歩道。二人は肩がくっつきそうなくらいの距離で歩いている。人にぶつかりそうになった女の子を庇うようにしてトド松は歩いていた。わたしにそんなことしてくれたことないよね。

なんだよ、トド松。水臭いなあ。
彼女ができたならできたって、言ってくれたらよかったのに。
そうしたらわたし、

(お祝いなんて、できただろうか)

あー馬鹿馬鹿しい。もう帰ろう。こんなことしてたってなんも楽しくない。気分は落ち込むだけだ。駅からはすっかり遠くなってしまったし、もう、帰ろう。今日はたくさんお酒が飲みたい気分だ。
二人とは反対方向へ向かって歩きだす。途中、わたしの視界がじわじわと滲んでいくような気がした。涙だ。うまく歩けない。まっすぐ、歩けない。ついつい視線が下がる。目の前からくる人の波を避けられず、人にぶつかってしまう。今のわたしには庇ってくれるような人はいなかった。

あーなんだ、そういうことか。気づくのが遅すぎたなぁ。わたし、トド松が好きだったんだ

お腹もすいたし、お酒も飲みたいし、なんだかとても泣きたい気分だよ。歩けなくなったわたしは、お店の壁に寄り掛かって、ずるずると座り込んでしまう。自分でもびっくりするくらい、トド松が女の子と二人きりで歩いてるとこ見てショック受けてる。その隣にいる女の子は、わたしではなかった。あんなふうに女の子を庇うようにして歩くトド松なんて知らない。そういえば着てる服も、いつもと感じが違った。なんだなんだ、勝負服なのか?どうしてわたしと飲み行ったりするときはラフな格好が多いのに、どうしてさっきはあんなにお洒落してたの?ああ、そうか、彼女とデートだからか。

どこ、飲み行こう。
結局わたしは、まだどこへ行くか決めていなかった。スマホの画面をつけて、もう一度探そうと思ったとき、ピロリン、と着信音が鳴る。通知画面にトド松の文字。なんだなんだなんでこのタイミング!?開くのが怖い、あの、アプリケーション。わたしは大きく息を吐いて、トド松からのメッセージを開いた。

今どこ

たった四文字。
それなのにどこか高圧的だった。
返事をするべきか、しないべきか、するのであれば本当のことを言うべきか、言わないべきか、三分くらい考えて、わたしはちゃんと正直に答えようと、職場の近くと返事を送る。しばらくたってもトド松から返事が来ないから、わたしはもういいやと思って、立ち上がった。
こんなとこでぼやぼやしてても仕方ない。トド松に彼女ができてしまったという事実は変えられるないもので、それについてわたしが悲しむのなんて一瞬でいいんだ。そんなに引きずることはない。

ないんだ。

「あ〜〜やっと見つけた」

とりあえずもう帰っちゃえと、駅を目指して歩き出したとき、後ろからトド松の声が聴こえた様な気がして、振り返る。それは全然、気のせいなんかじゃなくて、さっき見たはずのトド松が、わたしのことを見ている。

「こんなとこにいたの?」
「と、とどまつ・・・」
「うん。え、なにその顔、結構ブサイクだよ」
「君はいきなり失礼だな」
「千代には本音言っても許されると思ってるから」

許す、けど、さぁ・・・。
わたしもう許せなくなるかもしれない。
今まで心が広かったわけじゃなくて、トド松が言うことだから、ちょっとやそっとの暴言だって気にしないでいたんだよ。それは少なからずわたしがトド松に好意を抱いていたってことだ。だけど、もう、それは通用しない。だってわたし、トド松に好意なんてもう抱いたらいけないから。

「今日なんかおかしくない?なんかあった?」
「あった」

あったよ、たくさんあった。
トド松が女の子と二人きりで歩いてた。
わたしが声かけても全然気づかなくてすたすた歩いて行った。
女の子を庇うようにして、トド松は歩いていた。
それを見て、わたしはショックを受けていた。
その時やっと、トド松が好きだと自覚した。

「てかトド松こんなとこにいていいの?デートなんでしょ?」
「デート?なにそれ」
「さっき女の子と歩いてたじゃん」
「女の子・・・?あー」
「油売ってないで、早く彼女のとこ行ってあげなよ」

ぶっきらぼうに、そう答える。
なんでこんなにしらを切ろうとするのか?わたしがさっき見たのは、間違いなく目の前にいるトド松なのに。
疑い見るようにトド松の方を向くと、トド松は「ふーん」と物ありげに笑う。なんかむかつく。

「今日、同窓会で」
「同窓会」
「うん。駅で同級生に会ったから挨拶しに行ってたの」
「挨拶」
「そう。挨拶」
「同級生の彼女?」
「なんで彼女になるかなぁ」
「だって、親しそうに歩いてた」
「そりゃ昔からの知り合いだからね」
「同窓会は?」
「え?欠席だよ」
「なんで」
「なんでって、」

トド松は心底迷惑そうにため息をつく。

「今日、二人でご飯行こうって先週から約束してたじゃん」
「二人って?」
「ボクと千代だよ!忘れたの?」
「そ、そうだったっけ」
「そうだったの。だから同窓会キャンセルしたんだし」
「キャ、キャンセル!?」
「うん。驚くところ?」
「同窓会の方が重要じゃない?」
「全然」
「なんで?」
「なんでって、わからないかなぁ」


「ボクが千代を好きだからに決まってるじゃん」

こんなかっこいいトド松なんて知らない。

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