授業をさぼって校舎裏で野良猫に会いに行く。登校中にコンビニに寄って猫の缶詰を買った。がさり、とビニール袋が鳴ると、がさがさと、植木が揺れた。

「もう来てるのか」

てっきり僕は、お腹を空かせた猫達が来たのだと思っていて、その茂みに近づく。枝を踏んづけたらパキ、と音を立てて折れる。茂みに手を入れて、かき分けるようにすると、そこに猫はいなかった。かわりに、

「ま、松野・・・」
「江川」

クラスメイトがいた。
ぐずぐずと鼻を啜って、僕が見たことのない顔をしている。だっていつも江川は笑ってて、クラスの中心で、怒ったところも一度だって見たことがなかったし、ましてや、泣いているところだなんて。僕のことを一瞥だけした江川は植木の影に隠れるように三角座りをして、また膝に瞼をくっつけた。

「何やってんの、今授業中じゃん」
「松野こそ」
「ぼ、俺は、猫に餌上げに来ただけ」
「さぼりじゃん」
「江川も」

ここから離れるのもなんだか変だし、というかここは僕と猫達の特等席なわけであって、江川と言えど譲る気なんてさらさらない。とりあえず江川の隣に腰を掛けると、またこっちを向いて、江川は言った。「なんでわたしの隣に座るの」

「ここで待ち合わせしてるんだよね」
「だれと」
「気になる?」
「気になんない」

なんか今日、可愛くないなぁ。顔が、じゃなくて、態度が。女の子ってこんなにつっけんどんな感じなもんだっけ。そんなにかかわることないからわからないけれど、今日の江川はいつもと違った。いつもは誰にだってわけ隔たり無く接して、こんな風に冷たくあしらったりしない。だから僕も江川とだけは普通に話したりとかできていたわけであって。
こんな江川のこと、僕は全く持って知らなかった。

人間だもの、裏表あるに決まってるのに。僕は自分の中で江川千代と言う人間を作り上げていて、そしてそれが、僕の中で完全なものになってしまった。その完全なものがガラガラと崩れていく。江川は優しいだけじゃない、明るいだけじゃない。

「ねぇ、なんで泣いてたの?」

まっすぐ、遠くを見つめてる江川に語りかける。その瞳からはもう涙は流れていなかったけど、真っ赤に晴れていて、泣きはらしていたことなんてすぐに気が付いた。江川は僕のことを見ないから、僕も同じようにまっすぐ遠くを見つめる。グラウンドで、どこかの学年が体育の授業をしているようだった。少し強い風が吹いて、木々が騒めく。髪の毛の間を風が通り抜けて行って、髪の毛を乱していく。一向に返事が来ないから、どうしたもんかと江川の方を向くと、さっきまでなかったはずの涙が、江川の両目いっぱいに溜まっていて、今にも零れ落ちそうだった。わなわなと震える唇が、「どうしてだと思う?」と形作る。

「わかんないよ」

僕にわかるわけがなかった。
ただ、その涙は、嬉しさから込み上げてくるものじゃないことくらい、僕にも理解できる。

「そっかぁ」

閉じた瞼から、はらりと涙がおちる。

綺麗だ。

僕は生まれて初めて、誰かのことを綺麗だと思った。

「わかんない、かぁ」
「うん、わかんない」

この、胸の痛みも、僕は、まだ知らない。

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