なんでわたしはここでコイツの口説き文句を聞かなくちゃいけないんだ?

腐れ縁である松野カラ松に誘われて飲みに来たら、これだ。どうせまた「気になるレディがいてな。こんな感じで愛を囁こうと思うんだが」ってわたしが練習相手になるんだよ。もう何度目?まぁタダ酒飲めるから、いいけどさ。聞いてるコッチも疲れてくるんだよね。
店内にぽつぽつとある照明。暗い店内で、カラ松の顔はよく見えなかった。カウンターに座って、ウイスキーを注文する。カラ松も同じのを頼んだ。弱いくせに、一杯目はちゃんとアルコールを飲むんだよね。
人差し指でグラスの中に入っている氷をくるくるとかき混ぜた。ロックアイスが解けて、カランと音を立てる。べっこう色をしたウイスキーが、ちょうどいい濃さになった。グラスの周りに水滴ができている。右手でグラスを持ち、口につける。喉が熱くなった。まだちょっと、濃いみたい。

この間の口説き文句はなんだったっけ。
『最近よく雨が降るな。君が相合傘をしたい相手は、オレだろう?』だったっけ。
『最近すっかり暑くなってしまったな。だが、このオレを熱くさせてるのは、君だけだ』だったっけ。
思い出せないくらい、わたしカラ松に口説かれてる。それなのに、その口説き文句はいつもわたしに向けて言ってるものじゃないんだ。どこか、わたしの知らない人宛てなんだ。

気づいてるよ、なんでわたしがこうやって練習台になるだけってわかっていながら、カラ松の口説き文句に付き合ってるか、なんて、そんなのとっくに気が付いてる。

わたしの横で、ちびちびとウイスキーを舐めるように飲んでいるカラ松は、もう酔いが回って来たのか、頬を少し赤くしている。慣れないのに飲むからだ。まだあんなにウイスキー余ってるのに、飲み切れるのかな。

「チェイサーいる?」
「いや、大丈夫だ」
「そう」

心配になって声をかけたが、いらないと言われてしまえば、それまでだ。わたしは溜息をついて、正面を向く。ずらりと並ぶ、お酒のボトル。そのボトルにカラ松の顔が写って、顔が縦にみょーんと伸びていた。あはは、変な顔。口元を抑えて、ばれないように笑えば「なに笑ってるんだ?」と顔を覗き込まれる。ぐ、近い。

「カラ松の顔がボトルに写ってて、変な顔になってたの」
「そういう千代だって、変な顔だぞ、ほら」

指をさされた方向を見れば、わたしの顔もカラ松同様縦に伸びていて、おかしな顔になっている。これは、本当に笑えて来る。

「あはは、ほんとだ、おかしいね」

カラ松の方を見て笑えば、急にカラ松、優しそうな顔するから、気づいて、隠してた気持ちに、火がついてしまう。

練習台でしかないとわかっていても、カラ松に付き合っていたのは、わたしがカラ松のことを好きになってしまったからだ。

こんな予定なかったのに。
カラ松の口説き文句聞いているうちに、わたしもこんな風にたくさん愛してほしいって、思うようになってしまった。わたし宛てのものじゃなくても、聞いていたかった。だけど、我に帰れば辛いことでしかない。

マゾか、わたしは。
それでもいい、なんて。
本当に、ばかみたい。

でもしょうがないじゃん、恋しちゃったんだ。
イタイことばかり言う、ファッションセンスどうかと思う、カラ松を、好きになっちゃたんだ。

「お酒、薄くなるぞ」
「あ、忘れてた」

すっかり薄くなったウイスキーを一気に煽る。カタン、とテーブルの上にウイスキーを奥と、カラ松がグラスを持つわたしの手を包み込むように握って、言った。

「オレ、千代のことが、好きになってしまったみたいだ」

その口説き文句は、今まで聞いた何よりも、

「泣いてるのか?」

綺麗だった。

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