13時ちょっと前に会議室に着くとすでにそこには千代がいて、今日打ち合わせをする内容が書かれたプリントを来る人数分、テーブルに配置していた。当たり前だけど時間厳守。この業界、時間にルーズな人は好まれない。まぁ、合格点、と言ったところだろうか。昨夜千代がボクのスタジオ兼事務所に訪れ、お引越しの挨拶を交わしてから、ボクはCM曲の作成にかじりついていた。「フレーズだけで良いので」と言われたことがどうも気になって、一曲丸々のラフを作った。なんだか見下されているようで気に食わない。そんなボクに気づきもしない千代はのんきな声で「昨日はお世話様でした」と言った。ほんと、のんきだね。テーブルの上に置いてあるペットボトルのお茶に口をつけて一口飲む。何も答えずにいると「曲の方はどうですか?」と聞かれて「一曲丸々のラフ、できたよ」と言った。さすがに驚いたようで、「やりますねー」と千代は言った。千代がプリントを配り終わってから少し経った後、クライアントが会議室にやって来て、ボクは立ち上がり対応する。千代は「美風藍のマネージャーの江川千代です」と短く挨拶をした。クライアントは「この間の打ち合わせの時は居なかったよね」と少しだけ不審がったが、何事もなく話は進んだ。打ち合わせはほぼボクとクライアントで済ませ、千代は今後のスケジュールの確認だけをし、打ち合わせが終わる。先方に見せた曲の受けは悪くなかったからこのままこの曲で行くだろう。クライアントが一度も開けなかったペットボトルを回収し、千代はボクのことを見て、冷静に言った。「その曲じゃダメだと思います」


「・・・君に何が分かる」


今の流行を抑え、なおかつクライアントの要望にこたえ、さらにはボクのイメージ通りの曲調にした。作曲も勉強していないような、半熟のマネージャーもどきに何が分かる。苛立ちを隠さずに、再びぶっきらぼうに言った。


「わたしが言うのもアレですが、売れないと思いますよ、それ」


そんなボクが怖くないのか、千代はオブラートに包むことなく言う。ボクには心がないから、ズバッと言われても何とも思わないけど、傷付きやすい人が言われたら、きっと傷付くだろう。それくらいに千代はくっきりはっきりと言った。なんか・・・むかつく。


「それ、媚過ぎですよ、クライアントに。フレーズ自体はすごく良いので、アレンジ変えてみたらいいんじゃないですか?」


・・・腹立つ。誰のせいで急いでラフまで仕上げたと思っているんだ。ボクはテーブルの上にあるプリント、楽譜、その他を掴み、乱暴に席から立ち上がった。


「偉そうな口、叩かないでくれる?」


ボクはマネージャーだと認めていない。じゃあ千代は一体何の肩書を持ってボクの打ち合わせに参加したんだ?ただの部外者じゃないのか?イライラする。乱暴そのままに会議室のドアを開けた。もう関わらないと思って江川千代という人物がいったいどんな人なのか検索しないでいたけど、これは検索するしかないかもしれない。事務所の人事課へ行き、江川千代にまつわる資料を隅から隅まで読む。ついでに頭の中でスパコンと連動しながら江川千代について徹底的に検索した。


「高校卒業後早乙女学園作曲家コースへ進学、12月に中退。翌年4月からシャイニング事務所、マネジメント課に入社・・・」


千代の履歴書に目を通した頃、次の仕事へ向かう時間を告げるアラームが鳴りだした。これからAスタジオへ行って雑誌の撮影がある。歩いていけば間に合う時間だが、千代に関するすべての資料に目を通してはいない。明日はスタジオ兼事務所から現場へ向かうだけだから、千代に関することを調べるなら今しかない。
しかたない、どうすればいいか検索開始。


「・・・自動車免許?」


ふと千代の履歴書の資格欄に目が止まる。


「普通自動車一種免許、取得」


ボクは再び資料に目を移した。Aスタジオまでかかる時間を計算したうえで資料を読み漁る。大した資料はなかったが、大した情報は多数手に入った。Aスタジオまでかかる時間と言うのは、歩くでもなければ走るでもない、自転車でもなければタクシーでもない。


携帯を開きながら先ほど覚えた番号を入力する。


「もしもしマネージャー(仮)?」
「美風さん撮影の時間が迫ってますよ!まだこないんですか!?」


電話から慌てた声が聞こえる。予想するにすでに千代はスタジオに着いているんだろう。腕時計に目をやると集合時間20分前を指していた。ふむ、これなら間に合う。


「今からボクのこと迎えに来て」
「え!?」
「そこから車で飛ばせば5分でしょ」
「と、飛ばせば」
「3分で来て」
「えぇ!!??」
「ごーよんーさんー・・・」
「今から行きます!!!!!」


ボクがカウントダウンを始めると千代は慌てて電話を切った。3分で来れるわけはないけど、いったい千代は何分でここにたどり着くんだろう。

少しだけワクワクしている自分がいた。

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