ラボについて博士に「ボクにマネージャーができるかもしれない」と伝えると、マネージャーは眼鏡をきらりと反射させて、少し興味深そうに「それは良かったな」と言った。思い返せば博士に伝えるような話じゃなかったな。ベッドに横になると博士はボクにいろいろなコードを繋げて「じゃ、一度全機能を停止するからな」と言って、ボクをシャットダウンさせた。スパコンの端末でしかないボクは押し寄せる暗闇に逆らえず目を閉じた。いつも通りのメンテナンスが始まる。


数時間後、ボクは再起動した。まだ再起動したばかりのボクは新しくインストールされたプログラムを確認しながら、博士の姿を探す。まだ頭がはっきりしない。どうやら博士は部屋にいないようで、ボクは自ら自分と本体を繋げているコードを外すことにした。ベッドから体を起して、一つ一つコードを外す。博士が外すとコードが絡まって後々面倒なことになる。面倒事が嫌いなボクはそれをよしとしない。丁寧にコードを外して簡単にまとめるとやっと博士が戻ってきた。


「起きたのか」
「おはよう」
「あぁ、おはよう。新しいプログラムを数個入れておいた」
「さっき確認した」
「じゃあ説明はいらないな」
「うん」
「数値に異常はなし。平常通りだったよ」
「わかった」


博士はA4サイズの紙にサラサラと何かを書き込みながらボクに「どうしてマネージャーができたって俺に伝えたんだ?」と言った。


「できた、じゃなくてできるかもしれない、だよ」
「そっか、そりゃ失礼した」


やっと本格的に動き出した頭でなぜ博士に伝えたのかを考える。考えたところで答えは出てこず、結局「分からない」と答えた。どうせ博士のことだ、ボクは伝える前にもうその情報はキャッチしていたに決まっている。白々しいな。診察用紙と呼ばれるであろうA4サイズの紙を書ききった博士はそれをポイと無造作に机の上に置いて、ボクの方を向く。ボクはベッドに座り、博士が言い出す何かを待つことにした。


「いや、なんだか藍が楽しそうにしてるな、と思ってな」
「・・・まさか」


マネージャーができるかもしれない。別に楽しみになんてしていない。面倒事が増えたとしか思えない。それなのに、博士にはボクが楽しそうにしていると見えるらしい。「心外だよ」ベッドから立ち上がって博士に向かって言う。心外だよ、全く。






スタジオ兼自宅に帰り、CM曲の作成にかかる。だいたいのフレーズはできてるからそれを膨らませないと。自分が出るCMだし、ボクのイメージの曲にしないと。パソコンと向かい合って作成を続ける。どれくらいの時間が経ったのだろうか、窓の外はいつの間に蚊暗くなっていて、ボクはカーテンを閉めた。さて、作成に戻るとしよう、椅子に腰をかける直前、ボクのいるスタジオ兼自宅のセキュリティシステムが作動した。どうせまたレイジあたりがここに来ようと思って無理をしたんだろう、椅子に座らずにセキュリティシステムの確認をすることにした。どうやらこのフロアに侵入しようとした人間がいたようだ。部屋を出て、家で言う玄関に近いところへ向かう。強靭なガラスでできたドアにもたれるようにして寄りかかる人物が一人いた。記憶をさかのぼると、同じような格好をした人物にボクはすでに出会っていた。はぁ、とため息をつくとボクのことに気づいたのか、その人物は振り返り、少しだけ驚いたような顔をした。


「美風さん!」


ドア越しだけど、はっきりと彼女の声が聞こえて、自分の耳を疑った。たしかにボクは他の人よりもずいぶん性能が良くて、耳もいいけれど、こんなにはっきり千代の声が聞こえるとは思ってもいなかった。ボクの姿をちゃんと確認した千代はドアをノックするようなしぐさをする。仕方ない、ドアを開錠することにした。


「何か用?」


ぶっきらぼうに言う。レイジにも言われたけど、ボクはテレビの前に居るのと居ないのじゃ差が激しいらしい。テレビの前でファンに向けて、一般の人に向けて仕事をするのと、それ以外じゃ、差が出て当然だ。レイジはそうでもないけれど。そこは、ちょっとだけ尊敬する。その差についていろいろ調べてみたけれど、ぶっきらぼうっていうのはあまり良くないことで、相手に対してマイナスイメージを植え付けてしまったりする。それでもボクが“ぶっきらぼう”を止められないのは、いったいなぜなんだろう。


「下の階に引っ越してきました、江川千代です!」
「下の階に?」


ここはとあるオフィスビルの一階で、下の階には他の会社が入っていたはずだけれど・・・。


「下の階の方には出て行っていただきました」


千代はボクに臆することなくきっぱりと言って、一歩前へ出た。どうせ社長あたりの提案だろう。ボクは彼女に最初から期待はしていない。マネージャーだと認めていないしね。ボクのマネジメントは、ボクがする。


「ご安心を。別のオフィスビルを紹介いたしました」


丁寧に千代は言って、ボクは「そう」とだけ答えてドアを閉めようとした、が彼女によってそれは拒まれる。閉まる直前、つま先を間に差し込んだ彼女は「これからよろしくお願いしますね」と再び丁寧に言った。「・・・四度目だよ、それ」返事をしなければこの足をどかそうとしないと見て、ボクは観念して言った。ボクの頭の中でさっき作成していた曲が流れる。こんなことをしている場合じゃない。行かなくちゃ。


「じゃ」


挟まった足を気にしないことにして、ドアを強く締めようとする。痛そうな顔を見せない千代は「明日13時からCM曲についての打ち合わせがあります。それまでにフレーズだけで良いので考えてきてくださいね!」と言った。「ボク、マネージャー必要ないから」「13時、事務所の会議室ですよー」「君、ボクの言ったこと聞いてた?」「では、おやすみなさい」


つま先がすっと間から抜けていき、力を込めていたからドアが勢いよくバタンと閉まった。彼女のスルー技術に関しては、ある意味、参考になるところがある。


「・・・マネージャーだって、認めてないから」


ボクの声は誰にも届かない。

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -