わたしだって、ストレスの一つや二つは溜まる。朝届いたオエライさまからのお叱りの手紙に目を通してため息をついた。ぐしゃぐしゃと丸めてそのままゴミ箱へシュート。返事を書かなくてはいけないのに、手が筆に伸びない。景気付けに一杯飲んでからにしよう。みんなから寝静まった頃、わたしは台所の戸をそっと開けた。みんなわたしがお酒を飲むなんて知らないだろう。きょろきょろと辺りを見回し、誰もいないことを確認して、戸棚から日本酒を取り出した。


「・・・おつまみどうしよう」


今ここで料理なんて始めたら、物音で誰かが起きてしまうかもしれない。仕方ない。ぬか床を取り出し、中からきゅうりを取り出す。今日はこれで良いや。ろうそくの灯りがゆらゆら揺れる。誰もいない台所が、どうしてこうも落ち着くんだろう。おちょこに日本酒を注ぐ。独特の香りが鼻腔をくすぐった。日本酒を口に含む。ずいぶんと喉が渇いていた見たいで、あっという間に飲みこんでしまう。きゅうりをかじる。ポリポリと耳に気持ちのいい音が響いた。


「・・・だれかいるのか?」


閉めた台所の戸が、大きな音をたてて開かれた。心臓がサーっと冷えて行くのが分かった。「あれ、大将?」と言う声が聞こえ、わたしはゆっくり後ろを振り返る。


「・・・薬研」


ゆらゆら揺れるろうそくの灯り。薬研の顔が灯りに照らされてゆらゆらしてる。おちょこを持っている手がじんわりと汗をかいていく。見つかってしまった、お酒飲んでるところ、よりによって薬研に見つかってしまった。


「この匂い・・・大将酒でも飲んでるのか?」
「ヒィ!ごめんなさい!!」
「なんで謝んだ?」


薬研は不思議そうな顔をしてわたしの隣にドカリと座り込んだ。わたしの傍らに置いてあった一升瓶を持つと、「ほら、注いでやるよ」と言った。空になったおちょこをおずおずと差し出すと薬研はにんまりと笑って、お酒をなみなみと注いでくれた。


「俺っちもご相伴に預かろうかな」
「薬研も飲めるの?」
「少しはな」
「わたし注ぐよ」
「悪いな」
「ううん」


薬研の手にはいつのまにかおちょこがあって、わたしはたぷたぷとお酒を注いだ。薬研は「おっとっと〜」なんて言って嬉しそうだ。ぬか床から大根を取り出して薬研に「つまみのかわり」と言って渡す。


「大将のぬか漬けうまいなぁ」
「本当?ありがとう」
「一仕事終えた後の酒は最高だな」
「そうだねぇ。薬研もなにかしてたの?」
「ちょっと資料の整理をな」
「わたしがいつも散らかしてるからだね・・・ごめん」
「ま、そのおかげで今日は大将酒が飲めるんだから、やった甲斐があったぜ」


薬研は長い息を吐いて、宙を見つめる。大人びた横顔がどこか寂しそうに見えた。


「薬研大丈夫?」
「なにがだ?俺っちはいつも通りだぞ」
「いや、なんとなく、疲れてるみたいだから。わたしでよかったらいつでも話聞くから、何かあったら頼ってくれる?」
「そーだなァ・・・」


薬研は手に持っていたおちょこを床に置いて、わたしの膝の上に頭を乗せて、ゴロンと横になった。いわゆる、膝枕。薬研はわたしを見上げる形になって、わたしの頬に手を伸ばした。


「やややややげん!?!?」
「しばらくこのままにしてくれねぇか」
「どうしたの、」
「何かあったら頼っていいんだろ?」
「そう言ったけど」


暗くて薬研の顔は見えないけれど、わたしの頬に触れた手が熱かった。もしかして熱でもあるのかなと思い、額に手を添える。


「薬研、風邪でも引いた?」
「いや、」
「なんか薬研の体熱い気がするんだけど」
「そりゃあれだよ大将。大将が美人だから、ちょっとばかし照れてんだ」
「またうまいこと言うんだから」
「ははは」
「もう」
「少し酒に酔っただけだ。心配することはないぜ」
「そう?」


いつもみんなに頼られてる薬研だけど、たまに誰かに甘えたくなったりするよね。薬研だって疲れちゃう時があるはずだ。甘えられるなんて、嬉しいことじゃないか。


「俺がこんな風に甘えてること、弟たちには内緒にしてくれよ?」
「ふふふ、わかった」


ろうそくの灯りがゆらゆら揺れる。夜中の、たった二人だけの台所。


「薬研もみんなには内緒にしてね?わたしがお酒飲んでたとこ」
「その約束を守るには、ひとつだけ俺っちとも約束してくれねぇか」
「なに?」
「またこうして俺っちと酒を酌み交わすって」
「うん、わかった」


わたしがそう言うと薬研は嬉しそうに笑って、目を閉じた。

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