「本日付で美風藍さんのマネージャーに配属されました、江川千代と申します!よろしくお願いします!」


バターン!と勢いよく扉が開いて、ボクよりも一回りも二回りも小さい女性が会議室に飛び込んできた。敬礼のポーズをとって、大きな声で自己紹介した彼女を見て、ボクは小さくため息をついた。

今朝社長から「ちょっとお話がありマース。会議室に来てくだサーイ!」と電話がかかって来て、今日はラボに行く以外予定がなかったため、すぐに事務所へ向かうことにした。社長は突拍子もない人物だから、お話とやらの内容を検索したって無駄だ。まだ納期は先のCM曲の歌を頭の中で歌いながら事務所へ向かう。会議室へついても社長も誰もおらず、空いている席に腰をかけて社長が来るのを待っていた。社長が呼んでおいて先に待っていることなんてただの一度もなかったからこれは予想できた展開だけど、釈然としない。受付で「社長に呼ばれたんだけど、社長いますか?」と聞いたところ「いらっしゃいます」と答えられたし、「じゃあ会議室にいると伝えてください」と言ったら「かしこまりました」と受付嬢はどこかへ電話をかけていた。だからボクが事務所についたということは当然社長に伝わったはず。気がつけば会議室についてから20分以上経過している。それなのに一向に現れる気配のない社長。携帯を取り出して、逆に電話で呼び出してしまおうかと考えた、その時、江川千代が現れた。


「・・・ボクの、マネージャー?」
「ハイ!よろしくお願いします!」


手に持った携帯をポケットにしまって、ボクは立ち上がり、瞼を閉じた。検索開始。


「社長?そこにいるんでしょ」


ツカツカと窓の方へ歩いて行く。束ねられたカーテンのところへ向かって声をかけると、カーテンの間から社長はにゅっと顔を出し、歯を見せて高笑いをしはじめた。いつからここにいたんだろう。今日は予定がないからじっと待っていたけど、こんなことになるのなら早く検索しておけばよかった。社長は高笑いを終えると顔を上下に動かし、「彼女はーMr.美風のマネージャーです」と言う。後ろで千代が「わら納豆みたい・・・」と感嘆の声漏らした。そこは感動するところじゃない。


「社長、ボク、マネージャーはいらないって何度も言ってるよね」
「BUT!最近Mr.美風は忙しくて一人では自分をマネジメントできないと見ましたー」
「一人で何とかできるよ」
「これは社長命令デース」
「・・・命令」


命令と言われたら、仕方ない。千代のことをチラリと見ると、手帳とペンを持ち、なにやら書き込んでいる様子だった。なに書いてるんだろ、アレ。社長はするするするっとカーテンから出てくると静電気のせいかいつもよりもはねている髪の毛をいじり直した。


「安心してくだサーイ。Miss.千代は優秀な人材デース」
「優秀?(これが?)」
「彼女はずっとミーのマネージャーの補佐をしてましたー」
「補佐でしょ、大丈夫なの?」
「大丈夫デス!彼女にはマネージャーの才能がありマス!」
「にわかに信じられないんだけど?」
「そして今年度、Mr.美風のマネージャーに大抜擢しましたー!」
「江川千代です!よろしくお願いします!」
「それさっきも聞いた」
「それじゃああとヨロシク!」


髪の毛がしっかりセットし直され満足したのか、社長は再び高笑いをした。社長は自分がくるまっていたカーテンをぶちぶちぶちっと取るとそれをマントのように羽織り、窓から外へ飛び下りた。千代は慌てて窓へ駆け寄る。ボクは千代の後ろ姿を見て、これがマネージャーになるのか、と、一年前のマスターコースのことを思い出した。自分をマネジメントするのは、自分自身がやるのが一番だと思うのに、どうして社長は千代をボクのマネージャーにしようなんて考えたんだろう。確かにどんどん忙しくなっては来たけど一人で処理できる。何も知らない人間が入って来て、面倒が増えたとしか思えない。


「おぉぉ・・・」


彼女はまた感嘆の声をあげた。カーテンがハングライダーに早変わりしていて、社長はどこかへ飛んで行ってしまったようだ。社長が無事、どこかへ行ったことを確認した千代はボクの方へ向き直り、「三度目ですが、江川千代です、よろしくお願いします」と今度は静かに言う。


「ボクはこれから用事があるから。仕事とは関係ない。だから君とも関係のない用事だ。それじゃ、お疲れ」


そう言って千代の返事を聞かずに会議室を出て行く。


「あ、言い忘れた」


踵を返してもう一度会議室へ向かい、ドアを引き、開いた。その瞬間何かが胸に入り込んできて、それが千代だと言うことに気がつくのは少しだけ時間がかかった。まさかこのタイミングで来るとは思わなかったから。ボクの胸の中でわたわたと慌てる千代の肩を掴み、体を離して、目を見つめた。真ん丸の目玉が落ちてきそう。


「どこへ行くのか気になるからって、ついてきたりしないでね」


釘刺し完了。

ボクは彼女をマネージャーとして認めていない。

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