ついに千代からダメ出しを喰らったあの曲を納品することになった。何度も何度も納得いくまで手直しをして、完成させて一番に千代に聴かせると、目をウルウルとさせて言った。「さすが美風さんです・・・!」

一言だとはいえ、千代のダメ出しはボクに何らかの影響を与えたのは間違いない。胸に何かのエラーを感じたあの一言は、ボクにとって初めての経験だったんだ。

曲は録り終えた。あとはCMの撮影だけ。台本と言うか脚本はもう手元にあるからそれを覚えてその通りにすればいいだけ。さっきからBGMのようにずっと納品したばかりの曲を流している。椅子に膝を折って体育座りをする。背もたれに寄りかかりぱらぱらと薄い冊子をめくった。


「美風さーん。おにぎりできましたよ」
「ありがとう。いつの間にここにきたの?」


背後から千代の声が聞こえて振り返った。自室兼スタジオにはそんなに人がしょっちゅう入りこめるようにはなっていないんだけどな。千代は何食わぬ顔で「ピンポン押しても出ないのでドアノブ捻ったら開いたんで勝手に入りました」と答えた。ほかほかのおにぎりと、暖かそうなほうじ茶をテーブルに乗せた。特にお腹もすいてないし、喉も渇いていない。ボクはソングロボだから必要ないんだけど、なんとなく手を伸ばしてしまう。


「えーなになに・・・」


ボクの隣から顔をぬっと覗きこませて、千代はCMの台本を読んだ。


「手で目をふさぎ、キスする一歩手前でシーンアップ・・・?」


ちょうどサビに入る手前、ボクは立ち上がり千代の手を引いた。確か曲に合わせて導くように歩き、振り返って目をふさぐ。緊張しているのか千代の手は冷たく、触れた瞼は熱かった。前が見えなくなって不安になったのか、ボクの取った行動に驚いたのか「え?え?え?」しかさっきから言ってない。


千代の息を感じる手前で、ボクは動くことをやめた。・・・千代のと息は甘いのに、熱いのに、ボクはその熱がない。


「ハイ、練習おしまい」


気にしたらだめだ。
ボクと千代が違うモノだなんて、最初から分かっていたことじゃないか。

千代の手を解放すると、千代はキョトンとした顔をして、首をかしげた。その頬は心なしか赤いように思えて、心が少し、ほかほかしている。ボクに熱なんて、ないはずなのに。もしかしてオーバーヒート?そんなまさか。


「あ、あ!練習だったんですね、あの、CMの」


冷め始めたほうじ茶に手をつけると、千代は思い出したようにぽんと手を打って大きく頷いた。


「そういうこと」


右手に感じる千代の腕の細さが、忘れられなかった。ボクはこんなに頼りない手に、いつもどこか救われていた。教われていた。そのことにやっと気がついたんだ。でもそれは同時に、未来がないことなんだ。ボクが見ることのできないものなんだ。

ちっぽけだ

ボクの書く歌詞。恋愛の歌詞なんて経験したことがない。聞いた話をそれとなくまとめただけで。からっぽだ。でも仕方ないじゃないか。ボクはソングロボ。歌うこと以外、何も持ち合わせていない、知ることができない。


「わたし、すっかり役者さんになったような気持ちになってしまいました」


へへへと照れ臭そうに笑って、千代は言う。「やっぱり美風さんはすごいや」


でも実際のボクは全然そんなことはなくて、すごいのは千代の方で。認めなかったのが馬鹿らしいよ。本当。なんで意地はってたりしたんだろう。


「これからよろしくね、マネージャー」
「!!!」


あからさまに嬉しそうな顔しないでよ。ボクはこれ以上何かを感じてしまったら、見つけてしまったら、気がついてしまったら、知ってしまったら。動けなくなってしまうかもしれないんだから。

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