長い冬が明けて、新しい春がやってきた。高校の三年間を過ごしてきた京都に別れを告げて、実家のある東京へ戻ってくることに決めたのは、江川さんの存在。と言っても過言ではないかもしれない。結局江川さんが俺の名前を覚えてくれることはなかった。そう何度も電話をしていたわけではないから、仕方のないことだ。


そして今日、あの日と同じ時刻、俺はあの美容院の前に立っている。


三月三十一日。明日は入学式だ。だから髪の毛を整えておこうと言うだけであって、他意はない。というのは嘘。他意も下心もある。予約は入れていない。初めて江川さんに会った日は夜だった。夜までやっている美容院を探していて、偶然見つけたところに江川さんはいた。それが偶然なのか運命なのかは、これからの俺の頑張り次第だと思う。できれば運命にしたいのだけれど。

灯りはまだ着いていた。きっとドアの向こうで江川さんが練習しているんだろう。曇りガラスのついたドアをノックすると、「はーい」と女の人の声が聞こえた。俺がこの声を聞き間違えるはずはない。クローズと書かれた吊り看板がゆらりと揺れる。


「あのぅ・・クローズって看板が・・・ってあれ!?」
「こんばんは」
「赤司君!どうしたんですか?」
「突然ですみません。髪の毛を切ってほしくて」
「乱れてるようには見えないけど・・・」


それはそうだ。だってこの間もここへ来たばかりだったのだから。でも俺の髪の毛を切ったのは江川さんじゃなくて別の人。俺は江川さんに髪の毛を切ってほしいのに、それはまだ許されないことらしい。


「俺は、江川さんに切ってもらいたいんだ」


他の誰かではなく。
あの日、俺の中の何かを変えた江川さんに切ってもらいたい。


「わかりました。今準備するので、中で待っててください」


今日も江川さんは練習していたらしい。頭部だけのマネキンが転がる店内に招き入れられた。それらをささっと片付け、鏡の前に俺を座らせると、一人前に美容師さながら「今日はどういたしますか?」と笑顔で聞いてきた。「初めて切ってくれた時みたいにしてください」「かしこまりました」ずっと待ってたんだ。江川さんが俺の髪の毛をもう一度切ってくれる日を。

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