少しだけ、と言って30分だけ眠った千代はすっきりとした顔をして目を覚ました。結局ボクは散らかった部屋を奇麗にして、シンクに溜まった食器を洗うだけで、栄養のある料理なんて作る時間はなかった。自炊をしているのかと思いきや、千代はレトルトのパスタやカレーやらを食べているようで、自炊という自炊をしていない。それなのに朝から晩まで働いていたら体が持たないのは決まっている。ボクはソングロボだからそういう生活をしても大丈夫だけど千代は人間だから、そんな生活が長く続くわけはない。


千代は人間で ボクは 人間じゃない。


結局いつも通り千代と一緒に先方と打ち合わせをした。曲もだいたいオーケーサイン出たからちゃんとしたデモ作ろう。あ、新しいソフト欲しいんだよね。どうしようかな。ノートパソコンをパタンと閉じて、千代に目を向ける。千代はアナログ派なのか、代替のことは手書きでメモを取り、スケジュール帳に記入したりしている。ボクはいつもノートパソコンを持ち歩いているから、そこに記録している。字なんてほとんど書かないから、知識としての漢字を覚えていても、上手に書ける自信はあまりない。

とりあえず今日の仕事はこれで終わり。あとはスタジオに籠って曲を作るだけ。なんだけど。さっきから青白い顔色をしている千代のことが気になってしまう。なんでこんなに心配に思ってしまうんだろう。マネージャーに(仮)がつくだけの同じ事務所の社員というだけの関係なのに。ピリッと指先が静電気が走ったような痛みを感じる。なんだろう、これ。


「美風さん、今日はお疲れさまでした」
「お疲れさま。千代はこの後仕事あるの?」
「とりあえず書類整理だけしようかなと思ってます」
「ふうん」
「どうかされたんですか?」
「ねぇ」
「はい」
「おにぎりってどうやって作るの」


千代は一瞬意味が分からないと言いたげな顔をしてボクのことを見た。ボクはご飯を食べなくても生きていけるし、食べる必要はないのだけれど。ボクがちゃんとしたものを食べなければ、千代もちゃんとしたものを食べないんじゃないかって、そう思ったんだ。


「一緒に作りますか?」
「うん」
「じゃあ、まずは白米を買いに行きましょう」


千代はそう言って、微笑んだ。千代が笑った顔をボクに見せたのは、いつぶり?







スーパーに着くなりスーパーのカゴを持たされる。「おにぎりの中身は何が好きですか?」「得にない」「じゃあわたしが好きなものにしちゃいますよ」「それでいい」慣れた手つきでほいほいとカゴに食材を入れて行く。鶏挽肉に、鮭の切り身、海老の天ぷら。お米売り場に着くと千代は迷うことなく無洗米を選んで小脇に抱えた。「カゴに入れないの?」「重たいものですからわたしが持ちます」「ボクが持つよ」「大丈夫ですこれくらい」千代は頑固だ。会計を済ませてボクと千代の住む雑居ビルに向かう。「そういえばボクの部屋炊飯器ないよ」「じゃあわたしの部屋で作りますか」散らかっていたから気がつかなかったけど、どうやら炊飯器はあるらしい。


お米を炊いている間に中に入れる具を作る。ボクは料理は知識として頭の中に入っているが、実践をしたことがあまりない。千代に言われるがままに鶏そぼろを作り、鮭を焼いた。そうこうしているうちにお米が炊きあがり、ボクは腕まくりをする。


「お米が炊けたらまず天地返しをするんですよ」
「天地返し?」
「こうやってしゃもじ使って、お米をひっくり返すんです」
「へぇ」
「なんでか知らないんですけど」
「知識として覚えておくよ」
「はい。まず手を濡らしてから、お米を手にのせます」
「なんで濡らすの?」
「お米と手がくっつきにくくなるんですよ」
「わかった」
「そうしたら真ん中に穴をあけて、そこに具を入れます」
「・・・こう?」
「そうです」
「熱いね、ご飯」
「炊きあがったばかりですから。そしたらこーやって手を三角にして、ぎゅっぎゅっと結んでいきます」
「・・・ぎゅ」
「手が三角になってないですよ」
「難しい」
「そうですか?」
「あ、ご飯が手にくっつく」
「そうしたらもう一度手を濡らして」
「思ったようにいかない」
「大丈夫ですよ。そのうちできるようになります」
「うん。わかった」


何度も千代がやっているのと同じようにやるけど、ボクが作るおにぎりは真ん丸で、奇麗な三角形にはならない。千代は奇麗な三角形の、コンビニで見かけるおにぎりを握った。そこに買い置きしてあった乗りをつけて、おにぎりをボクに手渡してくる。


「はい。どうぞ」
「自分が作ったものを食べても」
「そんなこと言わずに。きっと美味しいですよ」


どうせ食べるなら奇麗な三角形の方が良いのに。そう思って真ん丸のおにぎりを受け取る。三角じゃないから、大きな口を開けないとおにぎりにかぶりつけない。


「どうですか?」
「・・・おにぎりって美味しいんだね」
「美風さんが一生懸命作ったから、なおさらですよ」
「千代も食べる?」
「もらおうかな。美風さんのおにぎり」
「どうぞ」
「ありがとう」
「おにぎりの作り方を教えてくれて、どうもありがとう」
「美風さんって、意外と素直なんですね」


一緒に仕事するようになって結構経つのに、ボク達にはまだまだ距離があるみたいだね。でもその距離を作っているのはボク自身だったんだって、今やっと気がついたんだ。

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