「ねぇ、クマひどいけど大丈夫?」
「大丈夫です。御心配には及びません」


ボクの仕事量が増えて行くのと同じスピードで、千代のクマはどんどんひどくなっていく。ボクはソングロボだから眠らなくたってクマができたりしないし、見た目は変わらない。でも千代は普通のニンゲンだ。だから眠らなかったらクマだってできる。車運転してる最中に眠られたら困るから、最近の移動はもっぱらタクシーだった。移動の最中にうつらうつらとしている千代の横でボクは今日のラジオの台本に目を通す。昨日のうちに読んでおいたから完璧に覚えてるんだけど、千代は心配性だからちゃんともう一度目を通してくださいねとボクに言い、台本を手渡した。ボクの台本じゃなくて、千代の台本。ボクの部分だけ青いマーカーでなぞってある。


「君は本当にまじめだね」
「・・・何か言いましたか」
「いやなにも」


うつらうつらとしているから聞こえているとは思わなかった。ボクの「君は本当にまじめだね」はほとんど独り言で、小さく言ったはずなのに。千代はそれを拾う。眠たそうな目で腕時計で時間を確認して、「予定通りですね」と千代は言う。予定時刻にタクシーはちゃんとスタジオに着いた。タクシーから降りるときに千代は少しふらついて、ボクが慌てて支える。

千代の体は ボクが思っているよりもずっと 軽かった。


「大丈夫?」
「御心配には及びません」
「それ、さっきも聞いた」
「支えてくださってありがとうございます。収録時間になりますよ。急ぎましょう」
「まだ時間には余裕があるよ」
「そういう問題ではありません」


千代は上体を起こすといつものようにピンと背筋を伸ばしてすたすたと歩き出した。あんなに軽くて、華奢で、もろそうで、それなのにボクが売れるようにって仕事取りに行ったり、オーディション探しまわったり。ボクの仕事には必ず付いてきて、自宅スタジオに戻ってからだってなにやら資料に目を通していたり、スケジュールを確認したり、ボクの仕事をチェックしたり、


千代はボクが思っているよりもずっと仕事ができる人間なんじゃないのか。


ボクは売れてきた。
売れてきたのは彼女の力が あってこそのものなのかもしれない。
小さな背中に引っ張られているような気がして、空いた距離を詰めるようにボクは急いで千代を追いかける。


ボクが認めていないだけで、周りは千代のことをマネージャーだと認めている。それは彼女の力が認められているから。ボクもそろそろ認めなくちゃいけないかもしれない。千代のことを。

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -