「大丈夫?」
「うん」
「飲みすぎるから」
「ごめんね」
「何かあった?」
「なんもない」


珍しく江川さんから電話がかかってきたと思ったら、電話の向こうでなんだか寂しげな声でぼそぼそと喋るものだから、俺は江川さんがどこにいるか聞いて、すぐにそこに駆け付けた。飲み屋街。閉店後の店ばかりで辺りはすっかり暗くなっている。江川さんが口にした店の名前を探して歩くと、その店先でしゃがんでいた江川さんを見つけることができた。


「ほら、帰るよ」
「うん」
「立って」
「うん」


『うん』と言っているのに一向に立つ気配がない。もしや飲みすぎたのだろうか。こんな時に限って自動販売機はすぐ近くにはない。俺が「水買ってくるよ」と言っても江川さんは「いいよ。平気」と言うだけ。どうしたものかと頭を悩ませると、江川さんはふらっと立ち上がった。ああ、完全に飲みすぎだ。やっぱり後で水買ってこよう。仕事帰りに飲み屋に寄ったのか、名札はつけっぱなし、セットしてあったはずの髪の毛はぐしゃぐしゃ。おまけにメイクだって崩れている。何やってるんだよ、もう。あー明日月曜日で仕事休みなのか。それじゃ飲みすぎても仕方ない。


「赤司君」
「はい」
「赤司君」
「なに」
「赤司君」
「うん」
「・・・明日講義何時から?」
「昼から」
「よかった」


講義何時から なんて聞く気はなかったんだろう。俺の名前を呼び続けた結果にそれが来るなんておかしい。他に言いたいことがあったんじゃないか。
江川さんは俺よりも年上で、仕事をしていて、大人で。経済力において、俺は圧倒的に劣っている。悔しいけど。


「帰ろう」
「うん」


俺が歩き出すと江川さんも歩き出した。酔っているからなのかふらふらしていて危ない。慌てて手を握ると江川さんはぎゅうと握り返してくれた。


「今度また、髪の毛切って」
「わたし上手じゃないよ」
「上手だ」
「そう言ってくれるのは赤司君だけだよ」
「俺がいるから、いいじゃないか」


えぐえぐと泣きだす江川さん。感じる確かな熱に、俺は安心する。大人だからと言って、触れちゃいけない理由なんてない。経済力がないからって、江川さんに近づいてはいけないことなんてない。


「赤司君」
「なに」
「ありがと」
「いや」
「赤司君」
「なに」
「きもちわるい」
「まだ吐かないで」


やっぱりさっき水買ってくれば良かった。

髪の毛切ってるときはキリっとしてるのに、どうしてお酒飲むとこんな風に弱虫になってしまうのか。そんなとこも、可愛いとは思うけど。

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