クラスの女の子が「高尾くん、かわいそー。幽霊の隣の席になっちゃって」と俺に言ってきた。幽霊って誰の事だろと考えることなく、幽霊=俺の隣の席の花子さんだと分かる。へぇ、幽霊ってあだ名ついてんだ。カワイソーって言うなら変われよって思うけど、俺自身別に今の自分を可哀想なんて思っていないので全く気にもならない。一人ぼっちで日直するのは面倒くさくもあるけど、もう一人に気を使ったりしなくて済むから逆に楽だと思う。帰りのHRが始まる本鈴が鳴り、女の子は自分の席へと戻って行った。いやー結局女の子は一体俺に何を言いたかったんだろうね。さっぱり。担任がやってきていつも通り淡々と話をする。近々行われる登山についての同意書の提出期限について。その際のオリエンテーションが明々後日あると言うこと。登山とかさ、なんでするか意味分からない。まあちゃんとやるけど。ちゃんとしないと顧問に怒られそうだ。あ、真ちゃんにも怒られるかも。なんだかんだ真ちゃんってマジメだし。担任の話を聞き流しているといきなり「高尾!」と担任に呼ばれて、「ぅぁハイ!」なんつー間抜けな返事をする。担任は少し呆れ顔になって、「隣の席の中里んち行って同意書渡してくれ」と俺に言った。「なんで俺ェ!?」「隣の席だからな。頼んだ。後で同意書取りに職員室まで来るように」それだけをピシャリと言って、担任は「今日のHRは終わり。はい解散」と言って教室から出て行く。なんの義理があって俺が花子さんちに行かなくちゃいけないんだよと心の中で悪態をつきながら、部活へ行く準備をした。


バックレようと思って職員室に寄らずに帰ろうとしたら真ちゃんに「お前は職員室に行かなきゃならないだろう」と言われ、渋々職員室へ向かう。真ちゃんは俺を置いてさっさと帰ってしまった。職員室へ着くと担任が「じゃ、よろしくな」と言ってプリントが入っているであろう封筒を俺に手渡す。「ちゃんと渡せよ」と念を押すように言い、俺は「はーい」と答えた。「で、花子さんちはどこなんですか」


花子さんちは学校のすぐ近くにあるらしい。すげぇ近くに住んでいてなんで学校来ないんだろう。確か年間三分の二は出席しないと出席日数足りなくて留年、になるはずなんだけど。むしろ学校来ないのになんで学校辞めないんだろう。変なの。担任に渡された地図を頼りにチャリアカーで花子さんの住んでいるところを目指す。なんだこれ、俺の通学路とほぼ一緒じゃん。きょろきょろと辺りを見回す。それっぽい古ぼけたアパートを見つけた。いや、古ぼけたと言うよりむしろ古い。二階建てのアパートの階段は錆びていて、底が抜けないかとひやひやしながら静かに上る。二階の端が花子さんの家。インターホンはちゃんとついていて、ぽちっと押してみる。・・・鳴んねぇじゃん、コレ。もう一度押してもうんともすんとも言わないインターホン。壊れてるよ、大家に言った方が良いんじゃね。あ、ポストに入れれば!と思いポストを見ると「新聞お断り」と描かれていて、ポストインできないようにテープで固定されていた畜生何これどうすればいいの俺すでに負けそうなんですけど。意を決してドアをノックする。このドアの向こう側に多分花子さんは居るはずだ。俺は唾をゴクリの飲み、汗ばむ拳でドアをノックした。


するとガチャリ、とドアが5センチくらい開いた。


「どなたですか」


いや、俺ね、別に美少女が出てくるとかそんなの全く期待してなかったよ、うん。部屋に電気はついてないみたい玄関にも。だから花子さんの姿は全く見えなかったんだけど、目だけ異様に光って見えて、怖かった。夜の猫みたいに目だけギラリと光って、本当に怖かったんだって。さっき唾を飲み込んだからなのか、緊張しているのか、喉がからからで上手く声が出ない。すると花子さんはもう一度「どなたですか」と言い、俺はやっと「同じクラスの高尾和成です」と喋ることができた。花子さんは「同じクラスの」と呟くと、パタンとドアを閉めた。


「いやいやいやいやいや!ちょっと待ってよ!なんで閉めんの!?」


まさかの行動に驚き俺はもう一度ドアをノックする。すると今度は5センチじゃなくちゃんとドアが開いた。今度はちゃんと玄関に電気をつけてくれたらしい。花子さんの姿をはっきり目にすることができた。さっきも言ったけど、俺美少女が出てくるなんて全く考えてなかったよ、うん。でもさでもさ、伸びきった髪の毛の女の子が出てくるなんて想像もしなてなかったよ。怖い。


「同じクラスの高尾さんが、わたしに何のご用でしょうか」


白いワンピースに伸びきった髪の毛ってどうしてこうも怖く感じてしまうんだろう。昨日ホラー映画見たからかな。見るんじゃなかった。完全にビビってしまった俺は視線を下げる。と、彼女の足もとが見えた。・・・つっかけ履いてる。見た目完全貞子なのにつっかけはいてる。ダメだこれ面白い。俺のツボに入りかけているそのアンバランスさに、笑いをこらえることができずに小さく「ぶっは」と吹き出してしまう。慌てて口を手で押さえて花子さんを見る。長い前髪の間から目を覗かせて、首をかしげた。


あれ、何だろこの感じ・・・。


「あの・・・」
「あ、ごめん。俺、担任からプリント預かってきて」
「はい」
「これ、来週ある登山の同意書のプリント」
「はい」
「親のサインとはんこ押してあさってまでに提出」
「はい」


慣れれば意外と怖くなくて、ちゃんと会話することができる。会話って言うか俺が一方的に喋って花子さんが「はい」って答えるだけなんだけど。ここまでたどり着くのが長かったよ。頑張った俺。頑張った俺に寄っていると彼女が「わたし、学校行ってないんですけど登山に参加してもいいんですか?」と俺に聞いてきた。「いや、いいんじゃね?」と言うと彼女は俯いて、何も言わなくなった。同意書ないと登山には参加できないんだけどね、うん。ちゃんと明後日までに花子さんは同意書を提出することができるんだろうか。また明日花子さんちまで同意書取りに行くとか、俺ヤだよ。花子さんは「ちょっと待っていてください」と言い、奥の部屋に消えて行った。そう言われた俺は待つことにしたが玄関の外で待つのは限りなく怪しいので、玄関の中にお邪魔することにした。外観おんぼろアパートだけど中は意外と奇麗にされていた。すぐに花子さんは戻ってきて「はい」と言って俺に同意書を渡してくる。


「・・・親のハンコは?」
「親は今いないので。わたしのサインとわたしの拇印でなんとか」


この中に入ってから思ったんだけど、人の気配がない。花子さん以外がここに住んでいる気がしない。花子さんの言う「親は今いない」というのは本当なんだろう。俺はそのプリントを受け取り、鞄にしまう。


「一応担任に出してみるよ」
「ありがとうございます」
「んじゃ、またね」
「・・・また」


玄関を出てパタンと扉を閉める。ガチャリと鍵のかかる音がした。何だろうこの心のモヤモヤ。底の抜けそうな階段を恐る恐る降りて、誰も待っていないチャリアカーに座った。帰ろ。

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