百聞は一見に如かず。わたしは折原くんのいろんな噂を知っているよ。奴隷が50人から100人になったとか、社長を言いなりにしているのは、社長の浮気現場の写真を撮って、それをマスコミに公表すると脅したからとか、敵が多いから、正当防衛のためにナイフを持っているとか、壁を走れるとか、いろんなこと。女の子って言うのは、噂が大好きなものだから、どんどん脚色されていって、わざとらしいくらい、大きな話になったりする。だから、わたしの見た折原くんしか、わたしは信じていない。だから学ランについた血は気にしないにしろ、折原くんの噂で信じているものは全くないのだ。だって奴隷なんて見たことないし、社長とお話してる折原くんも知らないし、ナイフだって隠し持ってるの、見たことないもん。





Act07 噂の中のかれ





今日は祝日。ハッピーマンデーとか言って月曜日まで休みにするもんだから、折原くんに三日間も会えないことになる。今日は三連休の初日、で、何も用事のないわたしはごろごろと時間を無駄に消費していた。これと言って宿題も出てないし、友達と遊ぶ約束もしてないし、すごく寂しい連休だ。友達はみんな「彼氏とデートなんだ」なんて浮足立っている。プチ旅行みたいな感じでお泊りに行く子もいるようだ。ミヨちゃんもその中の一人で、ミヨちゃんの親には、わたしの家に泊りに来てるって話になっている。このご時世、可愛い一人娘にどこの馬の骨か分からない男と外泊なんて、許しはしないだろう。嘘も方便。
あまりにも暇を持て余してだらだらと過ごすわたしが気に食わないのか、ついに家を追い出されてしまった。お母さんに「この連休で大掃除するんだから、邪魔よ!」と言われたので、仕方なく家から出てきた。と言っても行くアテなんてないし、お金もないし、こうなったら図書館で本でも読んでいるかな、と歩みを進めた。折原くんは今日、どんな風に過ごしているのかな。街でバッタリ会ったりとか、ないよね。もしものときに備えて、一応キチンとした格好にしてきた。もしバッタリ出会って、やる気のない格好を見られたりしたら、一生の恥!それは絶対に阻止したい。家にいるよりは、こうやって出歩いている方が、折原くんに出会う確率はぐっと上がると思うんだ。そう考えるだけでウキウキしてきて、鼻歌交じり、図書館へ向かい歩く。


(・・・ん?)
(んん?)

薄暗い、ビルとビルの隙間の細い道に、折原くんみたいな人が見えた気がした。通り過ぎた道をもう一回も戻って、その隙間をこっそりのぞく。サラサラの黒髪。学ランと同じく真っ黒い私服。ニヤリと歪んでいる口元。涼しげな目。あれは、あれは、折原くんだ!休日に会えるなんてラッキー!ちゃんとした格好してきて良かったー。でもなんて話しかけよう。「おはよう、こんなところで会えるなんて、偶然だね!」よし、これだ。これで行こう。

「おりh「よう、こんなところで会えるなんて、偶然だな」

あれ。
わたしが折原くんに話しかける前に、折原くんの周りにいる男の人が、折原くんに話しかけていた。あっちゃー。お友達と御一緒でしたか。折原くんしか目に入らなかった、わたしの目は凄いと思う。折原くん以外はスルーしちゃうんだもん。お友達と居る所、邪魔したら悪いかな。どれ、どんなお友達なんだろう。・・・うわっ!コワモテ!強面すぎる!折原くんを取り囲む男数人はみんな強面でした。眉間にしわ寄せて睨まれたら、わたしだったら尻尾丸めて逃げ出す。絶対。強面のお兄さん方は、決して機嫌が良いわけではないようだ。というか逆に機嫌が悪そうに見える。折原くんは怖気づく様子なんてなく、「まだ生きてたんだ」と陽気に言っていた。ウワァよくそんなこと言えるね、お兄さんの額に血管が浮き出ているのが見えるよ。

あれ。
お兄さん、木刀みたいの持ってない?それで、何をする気なんだろう。まさか折原くんに殴りかかるなんてそんなことありえないよね、そんなことしないよね。だってわたしの知ってる折原くんは、ナイフなんて隠し持ってないんだよ!丸腰だよ!それなのに、それなのに。
一発触発。折原くんと、そのお兄さん方の雰囲気はまさにそれで、きっとわたしじゃなくて、誰かがこの場面に出くわしていても、そう思っていただろう。今、きっと、喧嘩が始まる。喧嘩なんて生易しいものじゃないかもしれない。折原くんが傷つくのは、嫌だ。多勢に無勢。折原くんが、傷つくかもしれない、折原くんが、怪我をするかもしれない。折原くんが、痛い思いをするかもしれない。そんなの、嫌だ!


「折原くん!」

わたしは無我夢中で叫んで、やぁぁああーーー!!と集団の中に突進した。つもりだった。途中で転んで、また、膝すりむいて、頭ゴチンとアスファルトにぶつけて、結局集団までたどり着けなかった。かっこ悪いなぁって思った。遠くで折原くんが「木村さん!」て叫んだような気がする。折原くんも焦ったような声出すんだね。その声を聞くのは、多分二度目だ。折原くん、わたし役立たずでごめんね。むしろ足を引っ張っていてごめんなさい。折原くんが傷つくのが嫌で、どうせ折原くんが傷つくのなら、わたしが傷ついた方がいいと思ったんだ。わたしが痛い思いした方がいいと思ったんだ。折原くん、どうか無事でいてください。薄れゆく意識の中で、折原くんの手元がきらっと光ったのが、見えた。ああ、あれが噂のナイフなのかな。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -